出会いの翌日の再現性

「……ハッ。昨日のはまぐれじゃねえってことを、証明してやるよ」 出会って数時間で(引っ越し挨拶) 見ず知らずの(たまたま隣に住んでいた) 男に(7歳) 筋金入りの不眠症娘が陥落した(寝落ち) となれば親としては複雑、でも願わくばもう一度な案件ではあるだろうな。 そんな経緯もあって、俺は家で夕飯と風呂を済ませたパジャマ姿で百夜と一緒に隣の香穂の家に乗り込んだ。 岩瀬家の間取りは俺たちの部屋を左右反転させただけだが、空気の匂いが微妙に違う。 リビングでは香穂の両親が、藁にもすがるような思いで俺を見てやがる。 「こんな出会ったばかりなのに、無理なお願いをして申し訳ない」 「いやいや、親としては深刻な悩みですからな」 百夜が適当に返してる間に、俺は事情がわからず首を傾げてぽやっと突っ立ってる香穂の前に立った。 薬を使って無理やり眠らせてたっつー不条理な睡眠障害。 昨日、俺の隣で泥のように眠ったあの事象が再現性のある科学かどうか、確かめてやる。 「行くぞ香穂、もう寝るんだろ?」 「うん?今日はせんくーくんと一緒なの?」 「ああそうだ、おれが完璧に寝かし付けてやるよ」 俺は香穂の小さな手を引いて、寝室へ向かった。 7歳児の手は驚くほど柔らかくて、体温が高い。 「よし香穂、まずベッドに寝ろ」 「うん」 素直にシーツに潜り込む香穂を見下ろしながら、俺はベッドサイドに陣取った。 「アー…つっても昨日会ったばっかだからな……基本データが足りなすぎる。よし、なあ香穂。お前、何か好きなものあるか?」 「んとね〜、きれいな石かな」 「ククク、鉱石か。やるじゃねえか」 7歳のガキの趣味にしちゃ上出来だ。 俺は石の結晶構造や、地球の奥深くで何億年もかけて作られる話を、ゆっくりと話し始めた。 しばらくすると、香穂の瞼が重そうに落ち始めてくる。 「お、眠くなってきたか?寝るか?」 「うん、ねむくなってきた……せんくーくん、かえっちゃう?」 不安そうにこちらを伺う瞳。俺は迷わず言い切った。 「いや、俺も今日はここで寝る。おれはもうすこし本読んでから寝るから、とりあえずお前は寝ろ」 「うん、おやすみ……」 数分後。 本を読んでるふりをして、視線だけで香穂を観測する。 規則正しい、深い呼吸音。 「香穂?」 試しに声をかけてみたが、ピクリとも動かねえ。 (よし!!落ちてる!!) 胸の奥から、今までに感じたことのない熱いものが込み上げてきた。 だが、それ以上に…… 月明かりに照らされた香穂の寝顔から目が離せない。俺は次のページをめくるのも忘れ、しばらく香穂を見つめていた。 一度部屋を出て、リビングで待機してた親たちに「寝たぞ」と報告した。 あいつの両親の泣きそうなほど喜ぶ顔なんて、俺にはどうでもいい。 「香穂にここで寝るって言っちまったから、おれも泊まるわ」 百夜にそれだけ言って、俺はすぐに香穂のベッドに戻った。そっと隣に潜り込む。 「……ハッ、責任重大じゃねえか」 本を開き直し、静かにページをめくる。 隣から聞こえる規則正しい寝息は、俺が眠るまで途切れることはなかった。

続・出会いの翌日の再現性

「……ん、……あぁ?」 カーテンの隙間から差し込む朝日に目を覚ます。 見慣れない天井に一瞬眉を寄せ、すぐに昨夜のことを思い出した。 そうだ。昨夜は香穂が本当に眠れるのか確かめるため、そのまま隣で寝たんだった。 「ククク……まだ死んだように寝てやがるな」 隣を見れば、香穂は昨夜から位置も変えずに熟睡している。 不眠症?睡眠障害? ハッ。昨日に続いて今日も熟睡。再現性は100億%確認できたってわけだ。 俺はベッドから音を立てずに抜け出し、乱れたシーツを適当に直してリビングへと足を進めた。 リビングのドアを開けると、そこには昨夜から一睡もしてねぇんじゃねぇかっつーほど、酷い隈を作って正座してる香穂の両親がいた。 ……それと、ソファで豪快にいびきをかいてるうちの百夜だ。 「あ……千空くん!……香穂は、香穂はどうだった!?」 香穂の父親が、弾かれたように立ち上がって俺に詰め寄る。 母親の方も、祈るように両手を組んで俺の言葉を待ってやがる。 「……ハッ。騒ぐな、まだ寝てんだよ」 俺はわざとらしく、親指で寝室を指差してやった。 「熟睡だ。あいつ、俺が至近距離で顔を覗き込んでも、ピクリとも動かねぇぞ」 「……っ!!……本当か……本当に、薬も使わずに……あの子が……あんなに深く……」 父親はその場に崩れ落ち、母親は口元を押さえてボロボロと涙を流し始めた。 「千空〜、お前やったじゃねえか!」 ようやく目を覚ました百夜が、ガハハと笑いながら俺の頭をグシャグシャに撫で回す。 「やめろ百夜。昨日に続いて今日も寝た。これでまぐれじゃねえことは証明できたな」 俺は百夜の手を振り払い、香穂の両親に向かってドヤ顔を決めてやった。 「香穂を寝かせる方法は分かった。今後も俺が寝かし付けてやるよ」 「ありがとう……ありがとう、千空くん……!」 「ハッ、大げさすぎんだろ」 深々と頭を下げる大人たちを尻目に、俺はリビングの椅子に座り、差し出された朝食のトーストをかじった。 昨日に続いて今日も眠った。 これで再現性は確認できた。 「……ククク、楽勝じゃねえか」 初めて食べる岩瀬家の朝食は、なかなか美味かった。

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