クラス合同美化活動
「……2コマぶっ続けで清掃か。面倒くせえな」
本格的に動き出した高校生活。
ジャージに着替えた千空は、だるそうに外履きへ履き替え、昇降口を出た。
他のクラスと合同での校庭周辺の美化活動だ。
「あ、千空!」
聞き慣れた声に顔を上げると、真新しいゴミ袋を抱えた香穂がいた。
「一緒だ!ラッキーだね!」
「なんだ、テメーのクラスだったのかよ。どこのクラスかまで確認してなかったわ」
にこにこ笑う香穂に、千空も無意識のうちに少しだけ表情を緩める。
「っし、適当に終わらせるか」
千空がトングでゴミを拾い、香穂がゴミ袋を広げる。その流れるような連携に、周囲のクラスメイトたちは釘付けになっていた。
「ねぇ、あの二人……また一緒にいない?」
「岩瀬さんに話しかけたいけど、クラス違うはずの石神が一緒にいる割合が高いんだよな……」
同級生たちが、二人を遠巻きに見守る。
途中、香穂がクラスの女子に呼ばれて一時的にその場を離れた。
そのタイミングを見計らったかのように、一人の男子生徒が勇者として千空に詰め寄る。
「よ、よぉ、石神!お前らさ、ぶっちゃけ……付き合ってんのか?」
聞き耳を立てていた全員が、固唾を飲んでその答えを待つ。
千空は面倒そうに小指で耳をほじりながら、視線すら向けずに吐き捨てた。
「は?付き合ってねぇわ」
「「「ええええっ!?!?」」」
期待を裏切る即答に、現場に激震が走る。だが、千空の言葉には続きがあった。
「別に彼氏だの彼女だのなんてラベル、いらねえだろ」
その物言いに、勇者な男子も周囲の面々も呆然とするしかなかった。
「千空ー!ゴミ袋の追加もらってきたよ」
戻ってきた香穂が、何も知らない笑顔で千空に駆け寄る。
「適当にこなせばいいんだよ、こんなもん」
「えー、ゴミ拾い楽しいじゃん!いっぱい溜まると満足感あるし」
「ハッ、そうかよ」
千空はそう言いながら、ごく自然な動作で香穂の腰にそっと手を添え、自分の歩調に合わせるように誘導した。
触れ合うことが、呼吸と同じレベルで当たり前になっている千空と、千空の手が添えられていることに1ミリの違和感も抱かない香穂が、楽しそうに笑っている。
「岩瀬さん、あんなに密着されてて平気なの!?慣れすぎてない……!?」
中学から進学したばかりの思春期真っ盛りな青少年たちにとって、そのスキンシップはあまりに刺激的な光景だった。
何より、宇宙を目指すと豪語した尖りまくった天才が、彼女の隣でだけはただの幼馴染の顔をしている。
ふたりは呆然と立ち尽くす同級生たちの視線など気にする様子もなく、楽しそうに作業を進めていた。
*
「なかなかの収穫量だったな」
「でしょ?頑張ったよね!」
清掃終了のチャイムが鳴り、二人は並んで更衣室へと向かっていた。
女子更衣室の入り口まであと数メートルというところで、千空がふと足を止める。
「おい香穂、動くなよ」
「えっ、何?虫?」
千空は香穂の正面に一歩踏み込むと、彼女の顔を覗き込むような至近距離まで顔を寄せた。
同じく女子更衣室へ着替えに向うために千空たちの後ろを歩いていた女子たちが「ひっ」と短い悲鳴を上げ、思わず足を止める。
「……虫じゃねぇ、枯れ葉だな」
千空の指先が、香穂の髪に紛れた茶色の落ち葉をそっとつまみ上げた。
だが、彼の指はそこで離れない。
「ったく、どこまで潜り込んでたんだテメーは」
落ち葉を払ったあとの髪にそのまま指を深く差し込む。
ぐしゃりと撫でたかと思うと、そのまま流れるような手つきで髪の乱れを調える。
「くすぐったい」
「じっとしてろ。静電気スゲえな…保湿しろよ?」
二人の会話はあまりにカジュアルだ。
だが、その距離感はどう見てもただの友達の域を100億%逸脱している。
香穂は千空の手のひらに自分の重みを預けるようにしてクスクスと笑い、千空もまた、彼女の吐息が届く至近距離に一切の躊躇いも見せない。
見守る周囲の生徒たちは、まるでもうすぐキスでも始まるんじゃないかと、自分のことのように心臓をバクバクさせていた。
しかし、当の本人たちにその自覚は微塵もない。
「あ、やばっ!予鈴鳴っちゃう、着替えなきゃ!」
甘い空気など最初から存在しなかったかのように、香穂がパッと千空から離れた。
「……ん。さっさと着替えろよ」
また後でね!と、軽快な足取りで女子更衣室の中へと消えていく。
千空も千空で、名残惜しそうにするでもなく、男子更衣室の方へ向き直った。
「……お、おい、石神」
更衣室のドアの前で、さっきの勇者男子が、魂の抜けたような顔で千空を待ち構えていた。
千空は面倒そうに片眉を上げる。
「あぁ?なんだ」
「……いや、あの距離で……あんなに撫で回してて、それで『付き合ってねぇ』ってマジかよ?」
千空は鼻で笑い、男子更衣室のノブを回した。
「だから付き合ってねえつーの」
「幼なじみのボサ髪ぐらい直すだろ」
さも当然と言わんばかりに言い捨て、男子更衣室へと消えていく千空。
「い、いや!!直さねえよ!」
(……付き合ってないのにあれって、何なんだよ……)
その疑問が、生徒中に広がるのに時間はかからなかった。
2026/04/10
2026/04/10