Can Senku go to space?
まだ世界が石に覆われる前。
千空の部屋には、小学生のものとは思えない高度な電子機器と、打ち上げを待つペットボトルロケットの試作機が所狭しと並んでいた。
「……っし、大樹!実働テストの時間だ。推力計算の微調整行くぞ!」
「わかったぞ千空!今日も飛ばすぞー!」
千空と大樹が立ち上がり、香穂も「私も……」と裾を掴もうとしたが、その手は千空によって制された。
千空はジロッと香穂の顔を覗き込み、その額に冷たい手のひらを当てる。
「テメーは居残りだ。……またいつもの『オーバーヒート』の気配がしてやがる。大人しくここで寝てろ。一度テストしたらすぐ戻るからな。……あー、熱が出なきゃ、明日はテメーも連れてってやる。大人しくしてろ」
「……うん。わかった……」
千空にそう言い含められ、香穂は素直に千空が用意した毛布へ潜り込んだ。
バタン、とドアが閉まる音。
静かになった部屋で、香穂はぼんやりと千空のデスクを眺めていた。
電源が入ったままのPCモニターが、暗い部屋で青白く光っている。
ふと、画面の端に新着通知が浮かんだ。
吸い寄せられるようにデスクへ歩み寄り、マウスをクリックする。
そこに並んでいたのは、目も眩むような長文の英語。
(千空……こんなに難しい言葉で、お話ししてるんだ……)
差出人は『Dr. X』。
千空がいつも楽しそうに、そして負けじと語っている、海の向こうのすごい科学者だ。
香穂は、ほんの少しの出来心で返信ボタンを押した。
千空のような難しい言葉は使えない。けれど、どうしても聞いてみたかった。
Can Senku go to space?
(千空は、宇宙に行けますか?)
たった一行。香穂が知っている精一杯の英語を打ち込んで、送信ボタンを押した。
すると、間を置かずに返信が届く。
Of course.
(もちろんだ。)
「……わぁ……」
香穂の胸が、熱いものでいっぱいになった。
千空の夢は、海の向こうのすごい博士も「もちろん」と言ってくれるものなんだ。
けれど、直後に勝手なことをしたという実感が押し寄せ、慌てて送信履歴と返信メールを削除する。
Dr. Xからの最新メールも、そっと未読の状態に戻した。
その瞬間。
(……あ、れ……?)
視界が急にぐにゃりと歪んだ。
膝の力が抜け、心臓の音が耳元でうるさく鳴り始める。
「寒い……」
指先が凍えるように冷たくなり、奥歯がガチガチと震える。
いつもの、オーバーヒートだ。
香穂はふらふらと部屋の隅へ這い戻り、毛布を頭から被った。
どれくらい時間が経っただろうか。
遠くでドアが開く音がして、騒がしい足音が近づいてくる。
「おい、香穂!戻ったぞ……って、おい、大丈夫……じゃねーわやっぱりか!!置いていって正解だわ!!」
「……せん、く…あちち?…」
「ククク、100億%想定内のオーバーヒートだな。あー、そうだな、あちちだ。寝てろ、俺がついててやる」
千空の呆れたような声を聞きながら、香穂は深い意識の底へと沈んでいった。
自分が送ったたった一行のメールを、海の向こうの科学者が覚えていたことを。
高熱に浮かされる香穂は、まだ何も知らなかった。