星より眩しい火花
「うおぉぉー!香穂ちゃん、その浴衣!似合いすぎてておじさん眩しいよ!天使かな!?天使だよね!?」
「……うるせーぞ百夜。何回言ってんだそれ耳タコだぞ」
河川敷へ向かう道中、親父のテンションは最高潮だ。
浴衣を着て嬉しそうに歩く香穂の横で、百夜が朝から100億回は繰り返しているセリフをまた吐いている。
「なんだよ千空〜。お前は香穂ちゃんが可愛いと思わないのか? 言ってみろよ!」
「あん?んなもん、100億%可愛いに決まってるわ」
俺が淡々と断言すると、隣を歩いていた香穂が「ふぇっ」と変な声を上げた。
見る間に頬が夕焼けより赤く染まり、ぽやぽやと微笑みだす。
「ほらみろ。可愛いっつったろ……っし、行くぞ。混雑する前に着かねぇと効率が悪ぃ」
河川敷に着くと、香穂の両親が完璧な場所取りを完了させていた。
シートの上には的屋のイカ焼き、焼きそば、ラムネ、さらには持参したらしい美味そうな重箱が所狭しと並んでいる。
「花火までまだ時間があるな。香穂、何食う?」
「んとね……イカ焼き!」
「これか。うめーよな。半分は俺が食うから、残しとけよ」
「うん!」
どうせ香穂は全部は食いきれねぇ。
もったいないと無理して食べる前に、あらかじめ「俺も食う」と言ってやるのが一番合理的だ。
だが、いよいよ打ち上げの時間が近づくにつれ、香穂が目に見えてそわそわしだした。
「どうした?トイレか?」
「ううん、なんでもない……」
そして、一発目の10号玉が夜空に吸い込まれた。
──ひゅーー……ドンッ!!!
内臓まで震えるような爆鳴。
ビール片手に盛り上がる大人たちの横で、俺は香穂を見た。
香穂は目をぎゅっと閉じ、肩をすくめて震えている。
(……あー、そうか。こいつ、この音が怖いのか)
俺は香穂の小さな手を握り、立ち上がる。
「百夜。俺、香穂と帰るわ」
「えっ!?なんだなんだ千空、まだ始まったばかりだぞ!?」
「やりてーことがあっから香穂と帰る。文句あんのか」
「小学生二人だけで帰るのか!?危なくないか!?」
「ククク、心配すんな。こんなこともあろうかと、俺様特製スタンガン持ってるわ」
「いやお前、なんで浴衣にバックパック背負ってんのかと思ったら……!」
呆れる大人たちを背に、俺は香穂の手を引いて河川敷をあとにした。
人混みを抜け、少し音が遠くなったところで香穂の顔を見る。
「香穂テメー、花火苦手だろ。音か?」
「……うん。大きい『ドン』って音が、こわい。でも、お父さんもお母さんも、花火大会大好きだから……」
「あーー、もしかして気ぃ使ったのかよ」
「うん、百夜さんもみんなで行くって決まってから楽しみだってずっといってたし」
「百夜も、やたらテンション高かったからな……」
俺たちはマンション近くのコンビニに寄り、一番小さい手持ち花火のセットを買った。
一度家に戻ってライターを掴み、近くの静かな公園へ。
「ほら。これなら怖くねえだろ」
シュボッ、と小さな火が手持ち花火に灯る。
遠くから打ち上げ花火の重低音が地響きのように届くが、目の前でパチパチと火花を散らす鮮やかな光があれば、香穂はもう震えていなかった。
「……きれい……」
「だろ。この反応速度と燃焼による発色……こっちの方がよっぽど唆るぜ」
この年から、俺たちは河川敷の花火大会には行かなくなった。
夏になると二人で手持ち花火を買って、近所の公園で火をつける。
香穂は大きな音に怯えることもなく、目の前で弾ける小さな火花を見て笑う。
そっちの方が、香穂はよく笑ってた。