願いの叶うタイムカプセル

いろとりどりの凹凸模様が散りばめられたクッキー缶が、カラカラと鳴る。 「……その缶、なに入ってんだ?」 嬉しそうに缶を振る少女が、千空を見て笑った。 「えっとね、ビー玉」 「ほーん……で?」 千空は耳をほじりながら、少女の手の中の缶を覗き込んだ。 「で?ってなに?きれいな缶にきれいなビー玉入れたの」 「だから入れてどうすんだよ?また飛ばす気か?」 「だめ!この間わたしのビー玉どっかに飛ばしたの千空でしょ!」 「あれは最強のゴムパチンコ作りてえって言ったテメーのせいだろ」 「わたしのビー玉使うなんて聞いてない」 先日まで宝物だったきらきらと気泡の入った赤いビー玉は、千空特製“最強のゴムパチンコ”によって川向こうへと消えていった。 「その缶、クッキー入ってたやつだろ?ゴミか?」 「ゴミじゃない!ほら!みて?フタのでこぼこに宝石みたいな絵がついてるの!宝箱みたいでしょ?」 「模様付きってだけのただのスチール缶だわ」 「せ、ん、く、う!!」 「わかったわかった。んでナニすんだそれ」 少女がクッキー缶をパカリと開ける。 中には音の通りビー玉がひとつ入っている。今度は気泡ひとつない透き通った青い玉だ。 「あのねタイムカプセルってしってる?」 「……またなんか、くだらねえドラマ見たな?」 「くだらなくない!願い事書いてタイムカプセルに入れて、大人になってから開けると、願いが叶うんだって!!」 「あ?……なんか俺の知ってるタイムカプセルと違うな?」 少女が傍らに置いていた手提げ袋から、可愛らしい絵柄のレターセットを取り出す。 「千空も書こうよ!UFOに牛がさらわれてる柄と、ロケット柄どっちがいい?」 少女が床に様々な絵柄のレターセットを広げた。 「……ロケット」 千空は迷うことなく、その中からロケット柄の便箋を抜き取る。 「じゃあ、わたしはマカロン柄にする!なんて書こうかなあ……」 少女は残ったレターセットを楽しそうに見比べながら、マカロン柄の便箋を膝の上に置いた。 「タイムカプセルなら埋めんだぞ?いいのかよ」 千空は、はあ、と大きくため息をつき、自分の机から鉛筆を持ってくると少女の横にドスリと腰を下ろした。 「え!?タイムカプセルって埋めちゃうの!?」 「テメーが手元に置いといて、大人まで開けねえとか不可能すぎんだろ」 「えー……でも願い事叶うなら、埋める」 「いや、願い事叶うかどうかは知らねえぞ?」 少女の手元をひょいと覗き見る。 「なんて書くんだ」 「うん?えっと……千空とずっといっしょに遊べますようにでしょ?あとね、マラソン大会で去年の順位よりはやくなりたいでしょ?あとね……」 「いくつ書く気だ……」 少女が首を傾げる。 「一個だけなの?」 「いや知らねえわ。そもそも願い事の時点で、俺の知ってるタイムカプセルじゃねえし」 千空の知るタイムカプセルは、未来の自分に向けた手紙や思い出の品を入れるものであって、願い事を入れれば叶うなんてことはそもそも初耳だ。 突拍子もないことばかり言い出すこの少女に関して、そんな本来の定番なんてあってないようなものだろう。 「そうなんだ?じゃあいっぱい入れよう!」 「滅茶苦茶すぎんな……」 「なら、千空の分も書いてあげる!……えっとまずは、宇宙へ行けますようにでしょ」 千空が鉛筆を握る少女の手を掴んで止めた。 「行けますように、じゃねえ。行くんだよ」 宇宙へ行く。ソッコーでいく。 これは願い事ではない。自分が必ず実現させる未来だ。 「あ、そっか」 ロケット柄のレターセットを少女の手元から奪う。 「自分で書く。テメーは自分の事だけありったけ書け」 「わたしだけそんなに書いて良いの?」 「テメーの缶だろ。どんだけ詰め込もうが、ナニ入れようが、誰も文句言わねえわ」 「やったー!願い事とね、ビー玉とね、あとこの間拾った石も入れる!」 「へーへー、好きなだけどうぞ」 鼻歌交じりに次々と願い事を書き連ねていく少女を横目に、千空もロケット柄の便箋へ鉛筆を走らせる。 宇宙へ行く。 迷うことなく書き終えると、千空は一度鉛筆を止めた。 隣では少女が、まだ何個目かもわからない願い事を楽しそうに考えている。 千空は再び便箋へ視線を落とし、その下にもう一つだけ文字を書き加えた。 ありったけの願い事を書き終えると、少女はビー玉と、河原で拾ったきれいな石もクッキー缶へ詰め込んだ。 少女の宝物でいっぱいになったクッキー缶を、千空は水が入りにくいようテープでぐるぐると塞ぐ。 「これで大人になったら願い事叶ってるかな?」 「知るか。そもそも願い事なんざ書いたところで叶わねえよ」 「千空も書いたじゃん」 「俺のは願い事じゃねえ」 「どういうこと?」 「っし、さっさと埋めんぞ」 首を傾げる少女を置いて、千空はクッキー缶を抱えて立ち上がった。 * 世界が旧世界と変わらないほどの輝きを取り戻し始めたある日。 大樹と杠の結婚式を眩しそうに見つめていた彼女が、千空の隣で突然素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。 「千空!わたしすっかり忘れてた!」 「あ?」 少女だったあの頃とは違い、すっかり大人びた幼なじみの顔を千空が見上げた。 「タイムカプセル!!掘ればまだある!?」 「……あるわけねえだろ。何千年経ってっと思ってんだ」 それもそうか、とつぶやくと、彼女はまた腰を下ろす。 「仮に石化しねえで掘り出せたところで、クッキー缶なんざ100億%錆びてるわ」 水が入らないようにと、境目をぐるぐると巻いたテープも、可愛いだけで造りの甘い装飾缶も、耐久性などたかが知れている。 「……そういえば千空が何書いたのか知らないんだけど。宇宙に行く以外にもなにか書いてたよね?」 千空は、覗き込んできた彼女から視線を逸らす。 「……忘れた」 「うそ」 「3700年前のことだぞ」 「いやいやいや!千空は覚えてるでしょ」 「さあな」 千空はそれきり口を閉ざし、隣に座る彼女へ視線を向けた。 「なに?」 怪訝そうに首を傾げる彼女から目を逸らし、千空は小さく鼻を鳴らす。 「別に」 願い事なんざ、書いた覚えはねえ。 ただ、あの日書いた未来なら、3700年後の今にちゃんとある。
2026/07/07 Xの企画 dcst夢一本勝負にて お題【願い事】

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