日常ログまとめ②
●呼び方
「香穂、ちょっとこっち来い」
「ん?」
ラグに転がって本を読んでいた香穂は、呼ばれるがままダイニングテーブルへ向かった。
「……香穂」
「どしたの?」
「……香穂ちゃん」
「えっっ!?なに!?」
顔を真赤にして大慌てする香穂
「なに!?やめて!なんかすごい恥ずかしい!!」
「なんでだ?…どうしたの香穂ちゃん」
「それやだ!ゲンくんみたいなのにゲンではないし千空の顔で千空の声で『ちゃん』呼ばれるのやだなになんか腰のあたりゾワゾワする!!」
「ハッ、なんだそれ嫌がってんのか喜んでんのか分かんねえ」
「嫌がってんの!!」
「そうは見えねえけどなあ、香穂ちゃん?」
「やめて!!」
テーブルに突っ伏して身悶えている香穂
「わかったわかった(……なるほどな)」
数秒後。
「……香穂ちゃん」
「やめてって言ってるでしょ!!」
「ハッ。再現性あり、だな」
●体温計
「香穂、テメー顔赤くねえか?」
「そう?」
近寄ってきた千空が、ぺたぺたと頬や首筋に触れる。
「……体温は平常域だな。オーバーヒートの予兆って感じでもねえか」
「変な感じはないよ?」
「ならいい。違和感あったらすぐ言え」
「うん、いつも気にしてくれてありがとね、千空」
「……観測ログと照らしてるだけだ。相違があれば確認する、それがセオリーだろ」
そう言いながら、千空はそのまま香穂の手を取る。
指先、手のひら、じっと観察する視線。
「……末端も異常なし。血色も問題ねえな」
「だから大丈夫だって」
「ハッ、テメーの『大丈夫』は信用ならねえ」
「ひどくない?」
「事実だ」
一通り確認して、ようやく手が離れる。
「……ま、問題ねえならそれでいい」
「うん」
ほっと息をついた、その直後。
「……で」
「ん?」
「ネイル、塗るの下手くそすぎねえか」
「…………そこは見なくていいから」
「観測対象に入ってんだよ」
●手の温度
「千空ちょっと手貸して…」
「なんで」
「いいから!」
香穂が千空の手をぎゅっと握る
「つめてぇ!なんだこの手」
「でしょ!氷でガンガン冷やした!!」
「なんで、んなこと……」
「……手が暑かったから?」
「……疑問形?……冷やしすぎだろ」
そう言って、さっきより少しだけ強く握り返された。
●前髪
洗面所の鏡の前で、前髪をつまみながらいいいがぼやいた。
「前髪のびてきたー…でもここだけを切りに行くの面倒なんだよねえ」
前髪を払っていると千空が洗面所を覗き込んでくる。
「あ?切ってやるか?」
「ほんと?ありがとう!自分じゃ失敗する気しかしないんだよね」
いいいはリビングに移動し、千空にハサミを手渡した。
「どれ、切りカス入るぞ。目閉じろ」
「うん」
シャキ、シャキ、と小気味よいハサミの音が鳴る。
「………ん゛!?」
「千空?まって?何その声」
「………なんでもねえ……カスがすげえ目開けんなよ」
「ねえまだ」
「………」
「ねえ」
「ちょっとまってろ(散らせばイケるか?)」
「いまのそのちっちゃい声なに?」
「……」
「千空??なんで片方にまとめてんの?」
「……まあこんなもんだろ」
「……千空」
(絶対、やったよね)
●背中の重み
乾いたばかりの洗濯物をリビングの床に広げた。
クッションに座り、乾燥機のおかげでまだほわほわと温かさが残るタオルを、1枚ずつ畳んでいく。
「…いや、そこは計測値でだな…」
千空はウロウロと歩きながら、誰かと通話している。
タオルを畳みながら、そんな千空をぼんやりと追っていた。
「それは明日で…」
ふと、こちらの視線に気付いた千空と目が合う。
一瞬の間。
千空はスッと視線をそらしたと思えば、背中合わせのように私の背後にドカリと座り、そのまま背にもたれてきた。
背中にじわりと体温が伝わる。
「おもっ…」
通話の邪魔をするわけにもいかず、小声で文句を言うものの、千空が退ける気配もないようで。
むしろその文句をきっかけに、ぐいぐいと体重を上乗せしてきた。
「…千空、重いってば」
ばしばしと千空の腰のあたりを叩いても動く気配はない。
ましてや、これ以上声を大きくすることもできない。
「…はー、もういいや…すきにして」
ぺちゃんこ寸前の角度で黙々と洗濯物を畳んでいく。
「あァ、そういうことだ。あとは他のヤツに聞け」
やっと終わったらしい締めの言葉に、少し身体を起こそうとした。
しかし千空は背中だけでなく、だらりと腕もすべて私の背に預けることにしたらしい。
「千空、重いよ…」
「……いい座椅子だな…」
「座椅子じゃないから。つぶれちゃう」
「まだ行けんだろ」
「無理無理。もう限界値」
「やれば出来る」
「えええ??急に根性論??」
返事もなく、退く気もなく、しかたがないので黙々と手元の仕事をこなしていると、千空がぼそりと呟いた。
「動くなよ。バランス崩れる…」
「いやいや、仕事してるの!洗濯物畳んでるの!」
「んなもん後でいいだろ」
「あれ、甘えモード!?」
「うっせ…」
「はいはい、すぐ終わるからもうちょっと待っててね」
くすくす笑うと、今度は千空が私の腰のあたりを一度叩いてきた。
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