冷蔵庫
目が回るような忙しさをようやく終えた千空は、帰宅するなり冷蔵庫の扉を開けた。
「……あァ?」
ぎっちぎちに詰め込まれた庫内を前に、思わず低く声が漏れる。
「……ちーーっと家事丸投げしてた間に、随分パンパンになってんじゃねぇか。つーかなんで俺が最後に見たときより増えてんだよ」
「やー、仕事帰りのスーパーってすばらしいよね」
背後から、どこか誇らしげな声。
振り返るまでもなく犯人は確定している。
千空は無言のまま、中身の精査を開始した。
ガサ、と音を立てて取り出したのは、“おつとめ品”のシールが貼られたパックの山。
「……いや、この見切り品は“その日のうちに使う前提”で見切られてんだぞ……」
続いて出てきたのは、明らかに色味のおかしい肉のパックが数点。
沈黙。
「ちょっと腐りかけが美味しいって言うじゃん?」
「んなわけねぇだろ、誰情報だ」
ぴたり、と香穂が黙り込む。
「…………」
わずかな間のあと、
「……司さん??」
「……おい、獅子王司に変な罪なすりつけんな」
千空は即座に切り捨てながら、手元のパックを淡々と仕分けていく。
「そもそもな、腐敗と熟成は全然違ぇ。管理された環境下でタンパク質を分解させるのが熟成、テメーのこれはただの雑菌まみれの腐敗だ」
「…なるほど……つまりギリいける?」
「いけねぇわ。テメー全然聞いてねぇな」
迷いのない手つきで、いくつかのパックがシンクへと移動する。
「司さんなら“自然の恵みだ”って言いそう」
「言わねぇよ。あいつは狩った獲物ちゃんと処理する側だ」
「じゃあ氷月さん?」
「論外だろ。テメー、自分が何回氷月に『ちゃんとしろ』って言われたと思ってんだ」
「ぐっ……」
仕分けはあっという間に終わった。
シンクには廃棄予定のパック、冷蔵庫には辛うじて食用ラインを通過したものだけが整然と収まる。
「……っし。これで食えるラインと廃棄ラインは分けた」
「すごーい、ありがとう!」
「ハッ。次からは“腐りかけが美味い”とかいうデマに騙されんな」
「……へーい……」
しょんぼりとした返事を背に、千空は再び冷蔵庫の扉を閉めた。
(……またやるなこれは)
軽く息を吐きながら、次の対策を思考する。
それでもまあ、完全に手遅れになる前に発見できただけマシだろう。
「……っし。次はもう少し早くチェックすりゃいいだけだ」
誰に言うでもなく呟いて、千空はキッチンを後にした。