ビーズの行方
ガサガサ、と少し騒がしい音を立てて、香穂は買ってきたばかりのレジ袋をテーブルの上でひっくり返した。
ジャラリ、とプラスチックの小さな粒が跳ねる乾いた音が、静かなリビングに響く。
すぐ横で、ノートPCのキーボードを叩いていた千空が、そのノイズに反応して手を止めた。
「……あァ?今度は何を始めたんだ、テメーは」
「ふふん、かわいいでしょ?ビーズ買ってきたの」
香穂の手元には、小袋にパッキングされた、色とりどりに輝くビーズたちが散らばっている。
「杠ちゃんのところに行ったらね、未来ちゃんと一緒にストラップ作ってて。すっごく可愛かったから、作り方教えてもらったんだ!」
香穂は上機嫌にスマホを操作し、その場で杠に実演してもらった解説動画を再生し始めた。
「会社のロッカーの鍵に付けたくて。自分でも作ってみようかなって」
「ほーん?」
千空はおもむろにPCを閉じ、頬杖をついてテーブルの上の粒を眺め始めた。
「裁縫はてんでダメなくせに、んな細けえことは出来んのかよ」
「失礼な!裁縫は、ほんのちょっと苦手なだけですぅ!」
「……ハッ。あれが『ちょっと』か?」
千空の脳裏に、かつてのストーンワールドで気球の帆を縫い合わせた際。
あのマグマですら「嘘だろ……」と引き気味に凝視していた香穂の壊滅的な手つきを思い出す。
「黙々と作業するのは嫌いじゃないの!……裁縫は、なんていうか……布が悪いんだよ、きっと」
「んな言い訳が通るかよ」
千空は呆れたように笑いながら、香穂が広げたビーズの一つを細い指先で転がした。
「千空も作ってみる?」
「ん、貸せ。パターンさえ把握すりゃ、あとは単純作業だろ」
千空は香穂の隣にスツールを引き寄せると、杠の動画を一瞥しただけで、迷いのない手つきでテグスと針を手に取った。
そこからは、沈黙の時間だった。
動画の音だけが流れる中、二人は並んで、ちまちまと小さな結晶に糸を通していく。
「──できたっ!!」
1時間後。
香穂が掲げたのは、少しだけ形が歪だが、それでも一生懸命に編み込まれた色鮮やかなストラップだった。
「まあ、こんなもんか」
対する千空が差し出したのは、既製品かと見紛うほどに編み目が揃った、寸分の狂いもない完璧な仕上がりの一品だった。
「すっご……!千空、めちゃくちゃ上手だね!」
「こういうもんはパターンだからな。一定の張力で閉じる、その繰り返しだわ」
千空は完成したストラップを、無造作に香穂の掌の上へと落とした。
「ほら、やるよ」
「えっ!いいの?これ、千空が作ったやつなのに」
「野郎が自分で作ったファンシーアイテム、自分で付けるわけねぇだろ」
「えー……せっかく上手なのに。付ければいいのに……」
香穂が残念そうに自分の不格好なストラップに視線を戻すと、千空の赤い瞳がそれをじっと捉えた。
「…………なら、そっちをよこせ」
「え?こっちは千空のほど綺麗にできてないよ?」
「ハッ。出来栄えなんざ関係ねぇ」
千空は迷いなく、香穂の手から不揃いなビーズの塊をひったくるように奪い取った。
「……まあ、俺もラボの鍵にでも付けるわ」
「え、ほんとに……?」
千空は指先でつまんだ少しいびつなストラップを、陽光に透かしてキラキラと揺らした。
「ああ。……唆るじゃねぇか、一点モノのデータとしてはな」
千空は満足げに笑うと、それをジーンズのポケットへ滑り込ませた。
「千空の作ったこれ、かわいいね」
「そーかよ」
香穂は、掌の上に残された完璧なストラップを見つめて、くすりと笑った。