拝啓、石神千空様

その日はふたりで外出する予定が立ててあった日だった。 そこへ一本の電話が鳴る。 千空は身支度をしつつ、スピーカー通話を押した。 「……クロムか、朝っぱらからどうした?」 『休みんとこワリィな千空!昨日のアレ、ちぃっとエラーが出ちまって……』 「あーやっぱりか……」 着信音で目を覚ました香穂が、のそのそと寝室から出てきた。 千空は壁の時計と香穂を交互に見る。 「今からラボ寄る。その方が早ぇ」 『おい、今日、香穂と出掛けんだろ?いいのかよ』 「んな時間掛かんねえわ、じゃあな」 そう言うと千空は、ポロンと音を立てて通話を終了した。 「おはよ、ラボ行くの?」 香穂が起き抜けのままソファに沈み込んだ。 「あァ、すぐ戻る」 千空は着ていたジャケットを脱ぐと、香穂の横へと投げた。 すでに腕にはめていた時計も丁寧に外して、ローテーブルの上へと置く。 そこにいつもの白衣と赤マントを羽織れば、石神博士の完成だ。 無造作に置かれたジャケットを背もたれへと掛け直していると、千空がいつものようにぐしゃりと香穂の頭を撫でてきた。 「テメーは待ってる間に支度してろ」 「わかったー」 千空はラボへと向かっていった。 まあ、こういうこともよくある。 香穂は、あの感じならだいたい1時間かな、と判断しのんびりとシャワーの用意を始めた。 * 千空がラボへ出かけてから1時間を少し過ぎた頃。 香穂の出掛ける準備がようやく完成した。 スマホを見ても千空からの連絡は特になく、コーヒー飲む暇くらいはあるとコーヒーを淹れる。 いつもなら大急ぎのインスタントだが、まだ連絡がないのでドリップでもイケるはず、とフィルターをセットした。 ぽたぽた落ちるコーヒーを眺めながら、今日のこの後のことをぼんやり考えていた。 * 千空がラボへ行ってからすでに2時間。 はい、ここで問題です! 香穂さんはコーヒーを飲み、クッキーを食べ終えました。 石神千空はいつ帰ってくるのでしょうか? スマホを見ても相変わらず連絡はなく、GPSを確認しても、ラボの位置で点滅しているだけ。 答え!謎!!!すっごい暇!! 身支度を終えているため、シワにならないようにとソファに寝転ぶことすら出来ず、香穂はバッグを抱えたまま、膝を揃えてソファへ座りスマホを眺めていた。 だれ?あ、これ千空写ってる。 盗撮?いや顔良いな!保存……画質悪っ!元データもらえるかな…… 暇つぶしのSNS確認も、そろそろまったく知らない人の投稿まで漁るレベルに到達している。 ……まあでもクロムくん、エラーとか言ってるの聞こえたし、しょうがないか。 そう自分に言い聞かせるように、大きくため息を付いた。 * 気付けば、千空がラボへ行ってから3時間が過ぎていた。 もうシワとかどうでもいいや、と2時間を少し過ぎた頃にはソファに寝転び出した香穂は、気付いた。 気付いてしまった、とも言える。 千空、私に待ってろって言ったこと、忘れてるな? 今回の外出の発起人は千空だ。 『たまには昼食いにどっか出るか』 大喜びで賛成し、どこに行くか、行くついでにどこに寄ろうかと、数日前ふたりで決めた。 『デートだね!』 『あ?まあそうなるか』 耳をほじりながら視線を反らした千空を見て、照れてる!とイジったのだ。 「……お腹すいたんだけど??」 もうすでに時計は予定していた店の開店時間をまわっている。 昼食を美味しく食べるために、あえて朝食はクッキーのみで済ませたのだ。 腹も減ったし、なにより腹が立ってきた。 ソファから起き上がると、メッセージアプリを立ち上げる。 そして一心不乱に指を滑らせていった。 * ラボでは千空とクロム、そして休日出勤の研究員たちで大盛り上がりしている。 「やべぇー!あのエラーから、こんだけの数値まで回復かよ!」 「だから言ったろ!100億%イケるって」 「やりましたね!Dr.千空!Dr.クロム!」 「このまま進めるしかねえな!唆るぜこれは」 そんな唆る実験の最中、千空のスマホに通知音が鳴った。 「あ?香穂か」 識別しやすいようにと設定していた香穂専用の通知音だったため、千空は反射的にスマホを確認した。
拝啓 石神千空 様 時下ますますご活躍のこととお喜び申し上げます。 さて早速ではございますが、貴方様が少し行ってくると、ラボへと向かわれてから早3時間の時が経過しております。 3700年間秒数を数えてらっしゃった貴方様にとっては3時間など一瞬の煌めきのようなこととは存じますが、こちとら3時間もマテしてまして、出かけるから準備しとけって言われて準備終えたのに貴様は帰還ぜずでずのでこれは放っといて自分だけ出ればいいのか、律儀にこのまま待つべきなのか、どっちかはっきりてくれない???? 3時間も待ってんの。 しかも連絡無し。 お腹すいてる。 あと5分で返信来なかったら勝手に出掛けやがりますので、お好きにラボ漬けってください。 なお、その際はおひとりぼっちでお食事なさってくださりやがれ。 お忙しいところ恐縮ですが、ご査収のほどよろしくお願いいたします。 敬具
「……やべぇ、キレてんな」 時計を見る。 たしかに間違いなく確実に3時間経過していた。 誘ったのは自分。 待ってろと言ったのも自分。 連絡していないのも自分。 「お、どうした千空?続きやっちまおうぜ!」 急にスマホを見て黙り込んだ千空の肩を、クロムが叩く。 「……続きはテメーらでやれ」 「なんでだよ!これからじゃねえか」 「あっちのエラーがやべえ」 「あっちって……あっ!香穂かっ!」 「つーわけだ、クロムあとは頼んだ」 「お、おう、わりいな」 千空はラボを飛び出した。 * 千空が大きな音を立てリビングの扉を開けると、ソファに溶けてスマホを見ている香穂が居た。 「不法侵入でーす。おかえりくださーい」 スマホから目を離さない。 「ワリィって」 「もう5分過ぎたから」 「過ぎてねえわ。4分28秒3……」 「おおよそ5分!」 「あー、わかったわかった。メシ行くぞ」 香穂は不満そうに千空を見上げる 「デザートも!!」 「へーへー、すんませんね」 「持ち帰りも!!」 千空は苦笑しながら香穂の腕を引いて起こした。
2026/05/23

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