実家に帰らせていただきます
原因は、プリンだ。
帰ったら食べようと思っていたやつを捨てられた。
消費期限が一日過ぎていたかららしい。
……そうだ、家出しよう。
「まだ食べられたのに!」
今日の仕事終わりのご褒美にしようと思ってたのに。
「アホか。卵牛乳砂糖、あげく素人の手作りで、消費期限なんかアテになるわけねえだろ」
「一日くらい大丈夫でしょ!」
「アテにならねえって言ってんだろ。菌の温床だわ。腹下して終わりだ」
まったく譲らない。
「……わかった。家出する」
「あァ?」
我ながら軽い基準だなと思いながらも、引く気はない。
「千空、出張用のコロコロ貸して」
「出張用のコロコロ?……キャリーケースか。好きにしろよ」
キャリーケースを引っ張り出し、家出の準備を始めると、なぜか千空が隣に立って、持ち物のチェックをしてきた。
「スマホ持ったか」
「持った」
「鍵は」
「持った」
「セキュリティパス」
「持ってる!!」
前回、全部忘れて玄関の外で詰んだのを思い出す。
……あのこと、絶対笑ってる。
というか普通に世話されてるし。
「着替え持った、おやつ持った……よし!」
勢いよくキャリーケースを持ち上げた。玄関で一度立ち止まって、気合いを入れる。
一度は言ってみたかったこのフレーズ。今言わなくていつ言うの!!
「実家に帰らせていただきます!!」
「気を付けて行けよ」
視線も寄越さず、片手だけひらっと上がった。
まあ千空の反応なんてそんなもんだ。
ゴロゴロとキャリーケースを引いて、少し歩いたところでふと冷静になる。
(……実家帰ってもなあ)
『千空くんに捨てられたらもう行く先ないんだから、自分からちゃんと謝りなさい』
どうせ親に言われる事なんてコレに決まってるんだ。まあ実際、そうでしかないんだけど。
(100億%詰みじゃん?)
立ち止まって、少し考えて、くるっと回れ右して、方向を変えて、向かったのは駅前だった。
*
駅前のビジネスホテルは、なんでもない平日なのに、なぜか混み合っていて、ツインしか空いていなかった。
しかたがないのでそのままツインでチェックインする。
「……広…っ」
荷物を広げて、ベッドを見比べる。
「ひとりでツイン……無駄に広い……」
ひとりでシングル泊は以前から経験があっても、ひとりでツイン泊は初体験で、部屋の広さに俄然とした。
やけに広い部屋。やけに大きく見える片側のベッド。
ちょっとだけ、選択を間違えた気がする。
ついでに言えば、家出だって前回は未遂で終わってる。家出自体が初体験みたいなものだ。
「家出って、これで合ってるの?」
結局、実家じゃなくても詰んでる気がする。
――コンコン。
さてこれからどうするかと思っていた矢先、部屋のドアがノックされた。
「え?」
慌ててドアスコープを覗けば、見慣れたツンツン頭。
「……千空?」
カチャリ、と音を立ててドアを少し開けた。
「なんで?」
「GPSで見てた」
「いやそれはわかるけど、なんで部屋番号まで?」
「龍水のホテルだぞ。龍水に連絡して部屋番聞いただけだ」
「え、龍水さんのホテルってあの高級ホテルだけじゃないの?」
以前、アパート代わりに部屋を借りていた龍水のやたら豪華なホテルを思い出す。
「んなわけあるか。ビジホから高級ホテルまで全部網羅してるわ」
「えぇ……」
「つーかこのホテル、名前にNANAMI入ってんだろ」
「……えっ、あっ、ほんとだ」
よく見ればスリッパからドア札まであらゆるものにNANAMIの文字が入ってる。言われて初めて気付く。
まったく知らずに普通にチェックインしてた。
「……まあ、ドアチェーンかけてたのは合格だな」
「え」
「100億万点やるよ」
「デタっ100億万点」
少しだけ嬉しいのが、なんか悔しい。
ドアチェーンが、ジャラリと音を立てる。
ドアの隙間から、千空が腕を突き出しビニール袋が差し出された。
「ほら、ルームサービスだ」
そのまま受け取り中身を見れば、コンビニのプリンがひとつ。
「……やっす…」
さっきまであんなにこだわってたのに、見た瞬間ちょっと笑ってしまう。
「贅沢言うな。手作りもできなくはねえが、冷やして凝固させる時間が足りねぇだろ。いま何時だと思ってんだ」
「11時半…」
「今日、食いたかったんだろ」
「……うん」
図星すぎる。
「……どうすんだ」
少しだけ間があく。
袋と、ドアの向こうの千空とを見比べてから、口を開く。
「……千空付きなら食べてあげてもいい」
「は?」
カチャ、とドアチェーンを外す。
「家出したんじゃねえのかよ」
「家からは出たからOKなの」
「ハッ、相変わらず滅茶苦茶だな」
千空が笑いながら部屋に入ってきて、そのまま当たり前みたいにドアを閉めた。
鍵をかけて、チェーンまでかけ直している。
ふたりでツインの片方のベッドに並んで座った。
さっきまで広すぎた部屋が、少しだけちょうどよく感じた。
「…じゃあ遠慮なく…いただきます」
「俺の分は?」
「えーーー!?」
「ねえのかよ」
「なんで?1個しかないのに?買ってきてくれた人も食べるの?」
「買ってきた人間の特権だろ」
無言で手を差し出してくる。催促だ。
「ほら、半分寄越せ」
「えーーー」
「寄越せ」
「……はー、もう仕方ないなあ」
プリンをスプーンにひとくち分載せて、千空に差し出した。
「はい、千空、あーん」
千空がそのまま口にいれる。
「……どう?」
「普通だな」
「…夢がない。そりゃコンビニプリンだもん」
「テメーが食いたがってたのはこれだろ」
「そうだけど…そうじゃないし…」
自分でもひとくち。
甘い。
特別じゃないのに、ちゃんと満足する味。
「……まあでも」
「ん?」
「今日、このプリン食べれたの、ちょっと嬉しい」
「ハッ」
横を見ると、ほんの少しだけ口元が上がっていた。
「じゃあ家出成功だな」
「成功なの?」
「プリン食う、家出する、全部目的達成してんだろ」
「たしかに……」
さっきまでの勢いが、少し遠くなる。
「……ねえ千空」
「あ?」
「これさ、もう帰ってもいいやつ?」
千空がクククと声を上げて笑った。
「最初から帰る気だったろ」
「……ばれてた」
2026/04/22
2026/04/22