事後のアフターケア
荒い呼吸が重なる、夜更けの寝室。
肌を刺すような熱気と、シーツの擦れる音だけが静寂の中に溶けていた。
「……香穂テメー、まだ寝るなよ……」
千空は、うとうとし始めた香穂の頬を、指の背でペチペチと軽く叩く。
「……んぅ……すっきりしたら、ねむくなってきた……」
「まてまてまて!ログアウトすんのはまだ早ぇだろ!」
千空は慌てて密着していた熱い重なりを解くと、シーツに残る愛し合った証を手早く拭い去った。
下着すら履く間も惜しんで、彼はバタバタとキッチンへと駆けていく。
間もなくして、キッチンから「チン!」という軽快な音が響いた。
千空は蒸しタオルの温度をパタパタと振りながら調整し、急いで寝室へと戻る。
だが、時すでに遅し。ベッドの上では、うっすらと口を開けて、幸せの絶頂から眠りの深淵へと落ちた香穂が横たわっていた。
「ったく……テメーは……」
──へへ、汗ででろでろだぁ……せんくーあとで、一緒にお風呂入ろうね!
数分前、千空の背中にしがみつきながら甘い声でそう囁いていたのは、一体どこのどいつだったのか。
仕方なく、千空は自分の下着だけを履くと、脱力した嫁の身体を優しく清拭し始めた。
拭くこと自体が億劫なわけではない。
だが、眠って完全に力が抜けた人間の脚を持ち上げるのは、体力ミジンコの千空にはなかなかの重労働だ。
おまけに、行為の後の充実感のせいで、自分自身にも睡魔が押し寄せる。
「……あー、やめた。俺も寝る」
ある程度、肌に残る熱の残滓を拭い去ったところで、千空はタオルをサイドテーブルに投げ捨てた。
明日、叩き起こして浴室に押し込み、そのまま自分が隅々まで磨き上げてやればいい。
ぼすん、と音を立ててベッドに飛び込む。
先に深い眠りに沈んでいる嫁の顔を、もう一度だけ、慈しむように指の背でなぞった。
熱に浮かされていた瞼。
少しだけ涙の跡が残る、愛おしい目尻。
そして、無防備に上下が開いた唇。
「……ハッ。気持ちよさそうに寝やがって……」
ひとしきりその寝顔を観測し、千空は満足げに瞼を閉じた。
*
「……おい、起きろ」
翌朝、容赦のない遮光カーテンの開閉音と共に、千空の低くカサついた声が寝室に響いた。
香穂がうっすらと目を開けると、そこには既に身支度を整えかけ──だがシャツのボタンを半分開けたまま、腕を組んで見下ろす夫の姿があった。
「んぅ……せんくーおはよ?」
「おはよ?じゃねぇ……昨夜の約束、忘れてねえよなあ?」
約束。
香穂がぼんやりとした頭で記憶を辿る。
あとで、一緒にお風呂……
自分の口走った言葉を思い出した瞬間、香穂の顔が瞬時に赤く染まった。
「あ……ああっ!!ご、ごめん!!わたし、寝ちゃって……!!」
「ハッ、だと思ったわ。脱力したテメーを浴室まで運ぶ筋力は、俺にはねぇからな……っし、予定通り今から洗浄すんぞ」
抵抗する間もなく、香穂は千空によってズルズルと浴室へと連行された。
浴室のタイルに、温かいシャワーの音が響く。
湯気に包まれた密室で、千空は迷いのない手つきでシャワーヘッドを手に取ると、驚くほど適切な温度に設定し、香穂の身体に熱い飛沫を浴びせ始めた。
「……あ、……あったかー……」
「動くなよ。隅々まで『検品』してやっからな」
千空は、丁寧に泡立てたスポンジを手に取ると、香穂の身体を洗い始めた。
昨夜、二人の間で混ざり合った熱の残滓をそれはそれは丁寧に洗い流していく。
「あ……千空、そこ……くすぐったいよ……っ」
「ハッ、汚れの蓄積しやすい場所だ。羞恥心より衛生観念を優先しろ」
千空は無表情のままだが、その指先は香穂の耳の後ろから、指の間、そして最も熱が残る場所まで、驚くほど丁寧に辿っていく。
「……千空……これ、もう『洗浄』じゃなくない?」
「あァ?どこをどう見ても洗浄だろ」
「……いや、そうじゃなくて……すっごく、大事にされてるなって……」
香穂が赤くなった顔を伏せて囁く。
「だから洗浄だっつてんだろ」
千空が容赦なく香穂の頭へとシャワーを掛ける。
「うわっ!千空!!」
「変な気、起こしてっからだろ……まあ、こんなもんだな」
千空はシャワーを置くと、洗浄の仕上げとばかりに、香穂の首筋に深いキスを落とした。
「……!?」
「続きは……またあとでな」
香穂は真っ赤な顔を隠すように、手で覆う。
「……もう」
昨夜から今朝まで、結局ずっとこの人に振り回されっぱなしだ。
それなのに、不思議なくらい嫌じゃない。
むしろ──こんなふうに大事にされるのなら、もう少しくらい振り回されていたい。
「ククク」
呆れたような笑い声が、湯気の向こうに溶けていった。