既知の情報公開範囲内
「は??密着番組だァ?」
マンションからほど近い、最新鋭の設備が整えられた千空のラボ。
その千空専用の研究室に、北東西南の絶叫に近い懇願が響き渡っていた。
「お願い!!私の顔を立てると思って!!千空くんのラボ内の様子だけでいいから!プライベートには絶対首を突っ込ませないって、私が責任を持つから!!」
南はデスクに突っ伏さんばかりの勢いで頭を下げている。
対する千空は密着取材の概要が書かれた資料を見て鼻で笑った。
「ハッ、テメー顔が立つか立たねえかなんざ俺には関係ねえだろ」
「そこをなんとか!スポンサー、探してるんでしょ?!」
「……」
千空は耳をほじりながら、ようやく溜息を吐いた。
「……しゃーねえな。俺だけじゃなくて、他の研究員たちも全員含めた全体の密着取材なら許可してやる。ただし、まだ公表段階じゃねえデータも多いからな、研究内容にはきっちりモザイク掛けろよ」
「ありがとうーー!!すぐ準備させるわ!!」
そして密着取材当日。
カメラマンとディレクター、そして南がラボに入り撮影が始まった。
建前上は「若き研究者たちの熱き日々」という体裁だが、スタッフの狙いは石神千空その人にあった。
『石神博士って、普段からあんな感じなんですか?』
カメラはクロムや他の研究員たちにもインタビューを向ける。
「お?千空か?見たまんまだな」
『なにか、ここがすごい!とかそういうところは……』
「千空のここがすごい?科学か?」
『いえ、あの……人柄とか、意外な一面とか……』
「意外な一面?ねえよ、そんなもん」
『……』
インタビュアーは、早くも頭を抱えたくなっていた。
どう聞いても、返ってくるのは「科学がすごい」「知識がすごい」「いつも通り」という、予想していたものばかりだ。
どうやら石神千空という男は、身内から見てもあまりにも石神千空らしいらしい。
そしてついに、作業の合間を縫って千空への個別インタビューが始まった。
『……石神博士、お忙しいところすみません。今、主に取り組まれている研究は?』
「あー、まあ細々としたモンとデケェのと、並行でやってっからなあ。まあ“お察しください”ってやつだわ」
『なるほど?……もしや、毎日休みなく研究し続けているのですか?』
千空は不思議そうに眉を上げた。
「は?休みは休みだ。カレンダー通り、普通に平日はラボで働いて、休日は家。休む時は休まねぇと、余計に効率が落ちんだろ」
意外にも普通の生活を強調する千空に、インタビュアーが食いつく。
『そうなんですか!?24時間365日研究室に籠もっているイメージでした!……では、その、少し個人的な質問も。ぶっちゃけ、石神博士って、恋人とかはいらっしゃるんですか?』
「……は?恋人?んなもん居ねえ」
千空は即答する。
スタッフたちの間に「やっぱり」「仕事が恋人か」という空気が流れる。
『やはり、世界中から注目される存在ですから、引く手あまたでしょうし、なかなか難しいですよね……。では、結婚願望とか、そういうのはありますか?』
「あ゙?結婚願望……?」
千空は小指で耳をほじりながら、呼吸をするのと同じくらい自然なトーンで言い放った。
「既婚だが?」
『……えっ!?』
南が「あちゃー、言っちゃった」と言わんばかりに天を仰ぐ。
『え、ええっ!?いま、恋人は居ないって……』
「あァ?恋人は居ねえが、嫁はいる。嫁と恋人じゃ戸籍のカテゴリが違うだろ」
『は、初出しネタじゃないですか!?全人類が、石神博士は未婚だと思ってますよ!?』
「そうか?テメーみてぇに直接聞いてくるやつが今まで居なかっただけだろ。事実なんだから、知られようが知られまいが100億%どうでもいいわ」
千空は興味なさそうに視線をタブレットに向けた。
「もういいだろ、あとはあっちの研究でも撮れよ」
数週間後、その番組が放映されるやいなや、世界はひっくり返ったような騒ぎになった。
ネットニュースのトップには『Dr.石神、衝撃の結婚報告!』の文字が踊り、SNSでは「嫁は恋人じゃない」という迷言がトレンド1位を独占していた。
案の定、ネット上では「石神」姓の女性を特定しようとする動きが急速に広まっている。
(……ハッ。んなもん、対策済みだっつーの)
「オオオオオオイ!!せ、千空……!お前、アレ言っちまってよかったのか!?」
「千空!世界中の人が香穂ちゃんのことを知っちゃうんだよ!?大丈夫なんだよ!?」
クロムやスイカの慌てぶりとは正反対に、千空はあくびを噛みしめる。
「言ったろ、聞かれなかっただけだって。テメーらだって知ってんだ、隠すようなことでもねぇわ」
放映を見守った仲間たちに背を向けると、千空はいつも通り退勤の準備を始めていた。
*
翌朝。
キッチンでコーヒーを淹れる千空の横で、香穂が眠そうな目をこすりながらトーストを囓っていた。
「あ、そうだ千空。昨日、あの番組の放映日だったよね?」
香穂がふと思い出したように口を開く。
「あァ?今さら気づいたか」
「ごめん!予約録画はしてたんだけど、リアタイで見るの忘れちゃった。千空は見た?どうだった?」
「別にテメーの知る範囲の情報公開でしかねぇわ」
「……え?そうなの?南さんからゴメンってメッセ入ってるけど?」
千空はカップを口に運び、ニヤリと笑う。
「テメーの取材はナシでゴメンってことだろ」
「えっ!いやいやいや、私の取材!?そんなのこっちからゴメンだし!!絶対イヤ」
「ならスルーで問題ねえ」
香穂は「なーんだ」と納得したように笑い、最後の一口を飲み込んだ。
(ラボの研究内容も既婚情報も、全部テメーの知る範囲の情報だ。嘘は言ってねぇからな)
「ほら、食ったなら出るぞ。鍵忘れんなよ」
千空はそう言って、のんきに笑っている香穂の頭を、ぐしゃりと撫で回した。
「ちょ、セットしたのにぐしゃらないで」
世間がどれほど初出し情報だと狂喜乱舞しようと、千空にとっては香穂と共有している既知のデータに過ぎない。
並んで駅へと向かう二人の歩幅は、昨日と何ら変わりはしなかった。