ローコスト弁当
昼時の食堂は、いつにも増して混み合っていた。
席を探していた研究員が、「あ、Dr.石神の前空いてる」と小さく声を上げる。 後ろにいた後輩と顔を見合わせ、そのまま声を掛けた。
「Dr.石神、ここいいですか?」
「あァ。俺も今座ったとこだ」
千空はそう言いながら、ガサ、と青い蓋のタッパーを机に置く。
「おっ、Drは弁当ッスか?」
後輩が興味津々に身を乗り出した。
中身は野菜炒め。
あと、妙に存在感のある白いおにぎりがふたつ。
飾り気ゼロ。
「弁当っつーか、残りもんだな」
「あれ!?なんか思ったより貧乏くさいっすね!?」
「お、おい!」
隣の研究員が慌てて止めに入る。
だが千空は、一瞬だけ目を丸くして、次の瞬間、ぶはっと吹き出した。
「ハッ、確かにな!」
肩を揺らして笑いながら、タッパーを箸で指す。
「見切り野菜、死にかけの肉、味付けは焼肉のタレ。しかも炒めただけ!」
「ええ!?言い方!!」
「ローコストにも程があんだろ」
どうやらツボに入ったらしい。千空はしばらく笑い続けている。
後輩が、おそるおそるタッパーを指差した。
「えっ……じゃあそのローコスト残り弁当、奥さんが持たせたんスか?」
「ちげえ、逆だ」
千空はようやく笑いを落ち着けながら、ぱき、と割り箸を割る。
「嫁がこれ持っていこうとしてたから、俺の弁当と交換した」
「……え?」
「今日はみんなで外で弁当食うとか言って張り切ってたくせに、持っていこうとしてたのがコレだぞ?」
オフィス街のベンチに、青いタッパー。
しかも、白おにぎり。
脳裏に浮かんだ光景に、研究員たちの表情がなんとも言えないものになる。
「さすがにやめろっつって、普通に作ってた俺の弁当と交換した」
千空はおにぎりを持ち上げた。
「しかもデカすぎねえか、このおにぎり」
「ほんとだ!?デカ!!」
「野球部かよ」
再び千空が吹き出す。
「ククク……スケール狂ってんだろアイツ……」
その顔があまりにも楽しそうで、後輩がぽかんと目を瞬かせた。
「……なんか、独特ッスね?」
「独特なんじゃねえ」
千空は笑いながら野菜炒めを口に運ぶ。
「規格外なだけだ」
その時、少し離れた席から呆れた声が飛んできた。
「千空」
視線を向ければ、コーヒー片手のゼノがこちらを見て笑っていた。
「ノロケにしか聞こえないが?」
「うっせ」
即答。
だが否定はしない。
食堂は今日も騒がしく、研究員たちの笑い声があちこちで弾けていた。
その中で千空は、まだ少し笑いを引きずったまま、ローコスト弁当をつついていた。
2026/05/08
2026/05/08