伝言(メモ)
「……あァ?んだこれ。ゴミか」
掃除機を止め、床に落ちた紙をつまみ上げる。
床のど真ん中に放置された香穂のカバンを片手で持ち上げた拍子に、外ポケットから落ちたものだ。
見慣れた自分の字。
先に出る
弁当は冷蔵庫←保冷剤必須
隅っこには、ストーンワールドの頃から書き慣れた、自分自身の似顔絵――ヒビ入りの千空マークが添えられている。
いつだか、自分が先にラボへ向かう朝に書き殴った、ただの事務的な伝言だ。
「あっ!だめ!!千空、それ捨てないで!!」
背後から放たれた悲鳴に近い声。
香穂が脱兎のごとき勢いで駆け寄ってくると、千空の手からひったくるようにその紙を奪い取った。
「……ハッ。んなもん、用件が済んだただのゴミだろ。さっさと捨てろ」
「だめ!!ゴミじゃないよ、千空からの『手紙』なんだから!絶対にだめ!」
「手紙じゃねぇ。ただの伝言だわ」
「同じだもん!千空が書いたんだから!」
香穂は千空の反論をシャットアウトすると、奪い取った紙の上を、壊れ物を扱うような手つきでそっとなぞった。
「千空の字、好きなの。……あと、このマークも。まだヒビ入ってるの、なんかいい」
「…………」
それを愛おしそうに見つめる香穂の熱量を前に、一瞬だけ、千空の手が止まる。
すぐに何事もなかったように、掃除機を動かし直した。
「……あー、そうかよ。まあ、どうでもいいわ。それよりテメー、そのカバンの中に溜め込んでるレシートをどうにかしろ。財布がパンクすんぞ」
「ぐっ……、今から捨てようと思ってたの……」
「あとカバンはちゃんと定位置に置け。小学生かよ」
「……モドシマス……」
香穂がしぶしぶカバンを持ち直す。
その仕切りの奥に、さっきの紙を丁寧にしまい込むのを、千空は視界の端で捉えた。
千空は掃除機を再起動させると、香穂から視線を外した。
掃除機の音に紛れて、わずかに口元が歪む。
(……ククク。手紙、だァ?)
*
数日後。
出勤前の香穂の前に、千空がスッと一枚の紙を差し出した。
「帰りに買ってこい。リストだ。口頭じゃテメーのメモリは三歩で飛ぶ」
「わ、たすかる!……え、でもスマホで送ってくれてもよかったのに?」
「……ハッ。そっちは流すだろ」
香穂に手渡されたその紙には、『洗濯洗剤』『ハンドクリーム』『菓子』という無骨なリストの末尾に――。
やけに丁寧な、ヒビ入りの千空マーク。
香穂の指が、ぴたりと止まる。
それから、前と同じように――今度は少しだけ嬉しそうに、ゆっくりなぞった。
「……やっぱり、好き」
千空は一度だけ横目で確認すると、すぐに背を向ける。
ポケットに手を突っ込んだまま何でもない顔で玄関へと向かった。
(……っし。再現性あり。上出来だな)
けどその足取りは、露骨に軽い。
2026/04/13
2026/04/13