褒められたので着けている

「やる」 帰宅した千空が、靴を脱ぎながら小さな箱をぽいと寄越してきた。 「なにこれ?」 受け取った香穂が首を傾げると、千空はジャケットを脱ぎながらあっさり言う。 「ジョエルから結婚祝いだとよ」 「えっ!」 慌てて箱を開ける。 中には、華奢な革ベルトの腕時計が収まっていた。 丸みのある文字盤に、上品な光沢。 主張しすぎないのに、上質だと分かる。 「わ、腕時計!しかもかわいい…!」 思わず声が弾む。 「いいの!?すっごい高そうなのに!」 「あァ。俺も貰った」 「え、見せて見せて!」 千空は無言で、もうひとつの箱を顎でしゃくった。 香穂がそちらを開けると、少し大きめの文字盤に金属ベルトを合わせた腕時計が収まっていた。 無駄のないシャープなデザインで、いかにも千空らしい一本。 「かっこよ!!」 目を輝かせながら持ち上げる。 「あれ、文字盤にダイヤ入ってる?ちょっとキラキラしてる」 「あァ、かもな」 「…ていうか待って。ジョエルさんが作ったってことは……これ、ほぼロデックスでは?」 「まあ旧世界の円でなら、このデザインで600万くらいだろうな」 「ギョエ!!」 香穂の悲鳴がリビングに響いた。 「そんなのポイってくれちゃうの!?!?」 「技術はジョエルだが、材料費はうち(ラボ)持ちだぞ?」 「そういうこと言ってるんじゃない!!」 千空は鼻で笑う。 「同じだろ」 「同じじゃないの!」 ぶつぶつ言いながら手元の小箱を見ていた香穂が、千空を見上げた。 「……あ、千空。この時計、ちょっと着けてみて」 「あ?」 「千空が時計つけてるところってあんまり見ないし。見たい」 「……ん」 面倒そうに返事をしながら、千空は香穂の持つ箱から時計を取り出し、自分で手首に装着した。 その瞬間。 「アーーッ、カッコよっ!!」 香穂が両手で頭を押さえてうずくまる。 「なにそれ、すごい似合う!!」 細い手首に金属ベルトが映える。 骨ばった手首にその時計とか、ずるい。色っぽい。 「すっご……うわああ、千空!!めちゃくちゃ似合う!!」 「そうか?普通だろ」 「いやいやいやいや!!千空、腕細いからすごい似合う!!なに!!すご!!!ちょ、写真……!!」 スマホを探し始めた香穂を見て、千空がじとっと睨む。 「おい。遠回しにディスってねえか?」 「ディスってない!!その時計、細い手首に映えるの!!」 「ディスってんだろ」 「違うって!もしむちむち千空でも別の良さあるし!」 「むちむちってなんだよ」 「ニュアンス!!!!」 「…………」 千空はむすっと口を結んだまま、わずかに耳だけ赤い。 香穂はその顔を見て吹き出した。 「えっ!!なにその顔、かわいい…!!」 「うるせぇ」 その日から、千空は休日になるとその時計をつけるようになった。 仕事中は邪魔だと一切つけないくせに、オフの日だけは律儀に左手首へ通している。 一方、香穂の時計は大事に箱へしまわれたまま。 千空に「今日は着けねえのか」と言われた日にだけ、嬉しそうに取り出されるのだった。
2026/04/21

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