『家買ったから見に来てよ〜』
休日の昼下がり。
ゲンから送られてきた軽いメッセージを見て、私はソファで吹き出した。
「いや、急すぎでしょ」
空き家ではない
ついこの前まで、芸能人の“知り合いの紹介で出会いました”系結婚報道を見ながら、
『知り合いの紹介ってなんだよwww』
と友人と笑っていたばかりだ。
それなのに、気付けば自分がまさにその「知り合いの紹介」で、あさぎりゲンと付き合っている。
出会いは、テレビ関係者が開いた飲み会だった。
人数が足りないから、とカメラマンの知人に呼ばれ、軽い気持ちで顔を出した先に、あさぎりゲンがいた。
テレビのまんまだ、が第一印象。
胡散臭くて、軽薄そうで、誰にでも距離が近い。
でも実際に付き合ってみると、テレビの中よりずっと笑わない人だった。
人に見せる笑顔と、素の沈黙を、器用に切り替えている。
『付き合ってみる?』
そう軽く言われて、私も『まあ、いっか』くらいの気持ちで頷いた。
深い理由なんてなかった。
ただ、なんとなく居心地が悪くなかったのだ。
送られてきた住所に辿り着き、私は思わず足を止めた。
「……ここ?」
高級住宅街だった。
並ぶ家はどれも映画に出てきそうな豪邸ばかりで、芸能人が住んでいても何ら違和感がない。
なのに。
「やっほー、こっちこっち」
聞こえてきたゲンの声に振り向けば、彼が立っていたのは、その奥に取り残されたようなボロボロの昭和住宅地だった。
色褪せたトタン屋根。
傾いた塀。
雑草の生えた狭い路地。
高級住宅街の中心に、不自然なくらい古びた一角がぽつんと残っている。
「……なんで?」
「土地建物付きで100万!安いでしょ?」
「いや絶対ワケあり物件じゃん……」
「ここセレブ街だよ?曰く付きじゃなきゃ残らないって〜」
ケラケラ笑いながら鍵を回すゲンを、私は呆然と見つめた。
「ていうか、ゲンにこういう家のイメージないんだけど」
「おれもおれも」
「どゆこと??」
「だから面白いんでしょ」
そう言って開かれた家の中は、外観とは別世界だった。
古い柱や梁は残しつつ、水回りも床も綺麗に改装されている。
間接照明の色も落ち着いていて、家具も妙にセンスが良い。
「……ギャップすご」
「いいでしょ?この外観ならまさか芸能人の家だと思わないし」
「まあ、思わないけど……」
私はテーブルに置かれた書類を何気なく手に取り、そこでようやく気付いた。
「……ねえ、名義」
「うん?」
「なんで私?」
ゲンは悪びれもせず笑う。
「家探してるって言ってたから」
「いや意味わかんない」
「管理よろしくね〜」
「は??」
冗談みたいな口調だった。
でも実際、契約書の名義は私になっていた。
それから。
ゲンは来たり来なかったりした。
数日泊まることもあれば、一ヶ月近く音沙汰がない時もある。
テレビの向こうでは相変わらず器用に笑っているくせに、私生活ではふっと煙みたいに消える。
(……あー、これ捨てられたかな)
そう思う頃になると、何事もなかったように戻ってきた。
『ただいま〜』
コンビニ袋片手に。
その適当さに呆れながら、それでも私はなんとなくその家に住み続けていた。
妙に落ち着いたのだ。
古い柱の匂いも、雨音の響き方も、狭い茶の間も。
気付けば、帰る場所を探さなくなっていた。
そして、その日。
有給を取っていた私は、昼間から茶の間で膝を抱えて座り込み、ぼんやり湯呑みを傾けていた。
静かな午後だった。
窓の外では、風が揺れている。
その瞬間。
世界が、光った。
次に目を開けた時。
最初に見えたのは、泣き笑いみたいな顔をしたゲンだった。
「……あれ、ひさしぶり」
掠れた声で呟く。
「いつの間にか頭染めたの?似合うね」
ゲンはしばらく何も言わなかった。
それから、くしゃりと顔を歪めて笑う。
「……馬鹿正直に、あの家いたの?」
「……だって私の家でしょ?」
「そうだねぇ」
そこで私はようやく周囲を見回した。
知らない景色。 草木に覆われた世界。
そして、家がない。
「……待って。家ない?」
「3700年経ってるからねぇ。もう無いね」
「え、どういうこと??」
「色々あったのよ」
軽い口調。
でも、その奥に積み重なった時間だけは、嫌でも感じ取れた。
「……そう、なんだ?」
私は少し考えてから、ぽつりと呟く。
「……ねえ、3700年分の固定資産税どうしよ。ゲン立て替えられる?」
一瞬の沈黙。
それからゲンは腹を抱えて笑い出した。
「っ、あははははっ!!」
目尻に涙を滲ませながら、苦しそうに笑う。
「……たぶんね、もういらないと思うよ」
2026/05/16
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