クッキー、いちまい

どれどれ、効果の程はいかほどか。 しゃがみ込み、廊下の角からそっと顔を覗かせ、その先を見る。 『わたし、ずっとまえから……くんのこと……』 廊下の突き当りで、男子生徒を目の前に、顔を赤くしながらうつむく女子生徒を見守る。 「行けーー!さっき食べたでしょ!!絶対イケる!成功しろーー!!!」 小声で叫びながら様子を見守っていると、急に後ろから背中をつつかれた。 「なにやってんだテメー」 「うわっ!!」 去年から同じクラスの石神千空だ。 噂ではやたら尖った科学に詳しいやつとは聞いていたが、話してみればなんてことない普通の男子生徒だった。 話題も尽きることがなく会話が楽しい。なかなかウマが合ったらしく気付けば千空は、わたしの中で一番仲の良い男子生徒になっていた。 「千空!?しずかに!しずかにして!!ちょっと今いいところなの!」 「またくだらねえことやってんな」 呆れたように吐き捨てながら、わたしと視線の先を合わせるように背後でしゃがみ込む。 「この告白が成功すれば、調理部特製告白成功クッキーの売り上げ倍増なの!調理部存続の運命が懸かってんの!」 「アホか。また教師に金没収されて終わんだろ」 「金さえあればあんなことやこんなことも……あっ!まって、来る?来るか!?」 『ぼくも……のこと、すきだよ』 「キターーーーーーー!!」 思わず後ろを振り向き、千空に抱きつく。 「うおっ!?」 わたしの勢いを殺せなかった千空は、わたしを抱えたままどすりと尻もちを付いた。 「おい!?」 そのままバランスを崩し、気付けばわたしは千空の上に乗っかるような格好になっていた。 告白成功の瞬間を見た興奮のまま、顔を上げる。けれど、すぐ下から千空に見上げられていることには、まだ気付かなかった。 「みた!?みた千空!?成功!成功した!!すぐにふたりのところに行って、このクッキーのおかげでカップルになりました写真撮らせてもらわなきゃ」 「……」 千空の返事はない。 「あれ、千空、顔赤いね。どうしたの?」 そのまますぐ下にある千空の顔を覗き込む。 「ばっ、おま、だれのせいだと」 そう言われて初めて自分の状況に気付いた。 「え?あ!!!ごめん!!」 慌てて千空の上から飛び退くと、両手を合わせて謝罪のポーズを取った。 「ごめん!!ほんとごめん!重かったよね!?ごめんね!!嬉しくてつい……」 「……べつに」 赤い顔のままそっぽを向いてしまった千空に、必死に謝り倒す。けれど千空は、なぜかこちらを見ようとしない。 「……」 「……」 さっきまであんなに騒いでいたのに、急に何を話せばいいのかわからなくなった。 気まずい。 いや、気まずいというより……なんだか、変だ。 千空も同じように黙ったまま、白衣の裾を払ったり、意味もなく床を眺めたりしている。 「……あ゙ー」 しばらくして、千空が小指で耳をほじり出す。 「そのクッキー。告白成功って、なんか入ってんのかよ」 先に口を開いたのは千空だった。 「え?あーえっと、念?」 「ハァ??」 「告白成功しますように〜〜、みたいな??」 ひとりぼっちの部員が、調理室でひとつひとつ、丹精込めて型抜きしながら念を込めているのだ。 「誰の」 「そりゃ、調理部先輩たち卒業しちゃってわたしひとりだもん。わたししか居ないでしょ?」 昨年度までは部員がわちゃわちゃ居たはずの調理部は、先輩たちが卒業すると同時にわたしひとりになってしまった。 半年間の活動次第では廃部も視野に。そんな非情な先生からの通告を受け、わたしは必死にクッキー売りに精を出している。 そんな事情を片手間に聞いていたであろう千空は、おもむろにポケットから小銭を取り出すと、わたしの手に銀色の硬貨を1枚落とした。 「ひとつ買う」 「え?まいど〜?」 手に持ったかごから、クッキーの入った小袋を渡す。 「食えば良いのか」 「そう?かな??食べて告白する、かな??わかんないけど」 「ちゃんと決めとけよ……」 そう言うと、カサカサと音を立て、千空がクッキーの袋をあける。 そのなかから1枚取り出すと、ぽいと口に放り込んだ。 「……千空、誰かに告白すんの?」 千空の口の中でさくさくと、クッキーの砕ける音がする。 「……あァ」 「そっか……成功したら、写真撮らせてね」 千空に告白したい相手が居たことに、驚きと、ほんの少しの寂しさを感じる。 成功してしまえば、今までのように軽口も言えないのかもしれない。 「好きだ、付き合ってくれ」 それでも自分が作ったクッキーが、友達の役に立つならそれもそれでもいいか。このまま、この距離の友達のままでいてくれるかもしれない……まてよ、なにか聞こえたな。 好きだ?付き合ってくれ? 「え、練習?ここで?わたしに対して?」 千空がもう1枚クッキーを頬張り、さくさくと噛み砕くと、ゆっくり飲み込んだ。最近目立ち始めた喉仏が、飲み込む動きに合わせて上下している。 「……んなわけあるか。テメーが好きだ、付き合ってくれ」 わたしに対して、好きだと言っているらしい。 「……え、ガチ?」 「ガチ」 千空の目は真剣だった。 冗談でも、茶化してもいない。まるで科学の実験を見届けている時のような、そんな、真面目な目。 「……」 千空が、手に持った小袋を口を開けて差し出してきた。 食べろ、ということらしい。 1枚取り出す。 わたしも自分で作ったそのクッキーを食べた。 口の中でさくさくと音を立てて砕けていく。 「……ふたりで自撮りする?」 あからさまに口角を上げた千空が可笑しくて、わたしも笑った。 「売り上げ倍増確定じゃねえか」 「そうかも」 口の中がやけに、甘い。
2026/08/30 月夜紅桜の、めぐちゃんに中学生・同級生・調理部のお題をもらって書いた話。

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