大事な指輪

指輪を落とした。 たくさんたくさん探したけど、全然見つからなくて、泣きながら帰った。 大事な指輪。 大好きな人にもらった大事な指輪。 なんで落とした?どこで?いつ? いつも指にはまってたのに。 いつから無いのか、どこから無いのか、何も思い出せない。 泣きながら、ピンポンする。 今日は自分の家じゃない。千空の家に帰る日。 ピンポンから程なくして玄関ドアが開いた。 「せんくう……」 「うおっ、何だテメー。そのまんま歩いてきたのか!?顔溶けてすげえぞ」 「顔なんかどうでもいい……」 わたしの手を引き玄関からリビングへと連れて行く。 ソファーに座らされたと思ったら、千空が洗面所から持ってきたタオルでわたしの顔をごしごしと拭かれた。 「わっ!ぶっ」 「涙と鼻水でベチョッてんだ。我慢しろ」 ぬるま湯で濡らしてきたらしいタオルは、すでに端がちょっと冷たくて、泣き腫らした目には心地よい。 だが容赦なく目の下と鼻の下をごしごしとこすられた。 「こんなベチョッてどうした」 「ゆびわあ」 「あ゙?指輪?」 わたしは自分の指を千空に見せつける。 「指輪なくしたあ」 「あー、微妙にサイズ合ってねえやつか」 付き合い始めて、千空が照れながら渡してくれた指輪なのに。 「だからサイズ直せって言っただろ」 「直したら、千空が初めてくれた指輪じゃなくなっちゃうんだもん」 「指輪は指輪だわ」 もう何度目かになるやり取りを、指輪をなくした今日もしている。 「どのへんで落とした」 「わかんない」 「最後の記憶いつだ」 「……わかんない」 タオルで綺麗になったばかりの目から再び涙が流れ出る。千空は、はあ、と大きなため息をつきながら指の腹でその涙を拭った。 「探すか?」 千空が、泣き腫らしたわたしの顔をしばらく見つめる。 その目が、なんだか少しだけ困っているように見えた。 「……探したい」 「んな高ぇもんじゃねえぞ」 「値段じゃない」 「……まあ、テメーはそう言うわな」 千空が「しゃーねえな」と言いながら立ち上がりガサゴソとキャビネットを漁りだす。 「歩いてきた道戻んぞ。テメーのことだ。どっか落としてんだろ」 「うん……」 ずびっと鼻水をすすると、やたらゴツいライトを渡された。 「広範囲照らすライトだ。これありゃだいぶ探しやすいからな」 「うん……」 めずらしく千空がサプライズにしてくれた指輪。指にはめた瞬間、ちょっとだけゆるくて簡単にくるりと回った。 目測でもほとんどズレが出ない千空が、指輪のサイズを間違えるなんて、意外なこともあるんだなあと笑っていたら、本人が何よりも驚いた顔をしていたのをよく覚えている。 「目測ズレた俺にも責任あんな」 「なんで?サイズ直せって言われても直さなかったわたしが悪いんだよ」 「最初から間違えてなきゃ、んな話も出ねえだろ」 だって、わたしが喜ぶと思ってあえてサプライズにしてくれたんでしょ? そんなの千空のせいじゃない。 「せんくう」 「あ゙?」 思わず持っていたライトを放り投げて、千空に抱きついた。 「ごめんね、ゆびわ」 「謝んな。見つけりゃいいだけだ」 千空は、抱きついてきたわたしの背中をポンポンと優しく叩く。 ピンクゴールドがやさしく輝く細身の指輪。 「大事にしてたのに」 「んなこと十分知ってる……あ」 「あ?」 千空がわたしの背中に回していた腕を解くと、おもむろにわたしのズボンのポケットに手を突っ込む。 「えっ、千空!?なに?なに???」 「あった」 「え?あっ!ゆびわ!!」 ズボンのポケットから取り出したピンクゴールドの指輪が、千空の手のひらの上でやわらかく輝いている。 「よかった!!!ゆびわあった!!」 「テメーのことだ。どうせ無くさねえようにとかハナから外してんじゃねえかと思ったら案の定だったな」 そういえば仕事の最中に落としそうで自分で外したんだった。忙しくてすっかり抜けていた。 見つけたばかりの少しゆるい指輪を千空はひとしきり眺めると、私の指にするりとはめる。 「やっぱユルいな。もう少し太ればちょうど良さそうなんだが」 「千空がわたしの重みで潰れてもいいなら、太るけど」 千空の視線が、わたしの頭のてっぺんからつま先まで落ちる。 「……別案だな」 「……ねえ、今、すごく、よく、観察しなかった?」 「してねえ」 ウソ、絶対『これだもんな』って見た。 「次落としたらわかってんな」 「落としてない」 「次なくしそうになったら」 「うん……」 千空がわたしの手を取り指輪をくるりとまわす。 「いや、次じゃねえな。もうサイズ直せ」 「……」 「指輪落として『無し』になるのと、直して『有り』にすんのどっちが大事だ?」 「……」 「指輪直してもこの指輪は消えねえが、落とせば消えんぞ」 千空がまるで子どもを宥めるように、わたしの目をじっと見つめる。 そんな目で見ないでよ。わかってるよ。 「直そっかな」 「そうしとけ」 わたしの返事を聞いて、千空が満足そうに笑う。 「直してる間に太ってハマらなくなったら?」 「指輪のために痩せるしかねえな」 「指輪のために太れとか痩せろとかヒドくない?」 「まあ、俺のこと潰さねえ程度で頼むわ」 「ちょっと千空!!」 指輪は、ちゃんと指にはまっている。 さっきまであんなに泣いていたのが嘘みたいに、今はもう笑っていた。
2026/08/12

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