夏至じゃない!!
ずっと待ってた。
石神千空と付き合ってもう3年。同棲もしてる。仲も良い。ケンカだって一切ない。
まわりはみんな結婚し始めてて、なんならクロムだってルリと結婚した。あんな素材と科学にしか興味なさそうな男が結婚したんだ。
わたしたちだってそろそろ結婚?とか、思っているけどさっぱりそんな気配はない。
今日も今日とて、おそらく邪魔なんだろうなと思いつつも、千空のラボに入り浸っていた。
「千空サン千空サン、世間は6月ですよ。なにか言うことないですかね」
自分で勝手に用意して、いつの間にかすっかり定位置になったパイプ椅子に座り、ゆらゆらと揺らしながら千空を見つめていた。
「あ?6月だからなんだっつーんだ」
千空は、手元の装置からは一切目を離さず答える。
「えー、6月といえば?」
「……夏至だな。地軸が傾いたまま公転してるせいで、この時期は太陽の南中高度が一年で一番高くなる」
「一番日が長いんでしょ?それくらい知ってる!そうじゃないの!」
「質問にゃ答えただろ」
千空の手元の装置が、プシュンと音を立て謎の蒸気を噴き出した。
「夏至は一年で一番昼が長ぇ。ただ、それと日の出日の入りは別の話だ」
「えっ、まだ夏至の話続けるの?」
「……」
千空が何かを言いかけ、ぴたりと手を止める。
「なに?」
こちらを見た赤い瞳が、何かを測るように細められた。けれど次の瞬間には、何事もなかったように装置へ視線を戻す。
「……夏至の話をしに来たわけじゃねえだろ」
「いや、そうなんだけど……いつの間にか石神博士の夏至講義になってるじゃん」
噴き出した蒸気の向こうの千空は、こちらを向くでもなく至っていつも通りだった。
「……クロムもルリちゃんも結婚しちゃったよ?」
「あ?だからなんだ。とっくに結婚式も終わっただろ」
(……わたしたちは?結婚しないの?)
言いかけて、やっぱりやめる。
千空に季節の話を振ったわたしが悪かった。結局ここに座ってから夏至の話しかしていない。
科学に魂を焼かれてる石神博士にとって、ジューンブライドなんて空想物語でしかないんだな。
なんでこんな男に惚れたのか。
しかもその魂を焼かれた男のことを、この人以外考えられないと思ってしまうあたり、わたしも彼に魂を焼かれている。
彼の科学の邪魔はしたくないし、わたしと科学どっちが大事なの!?なんて最低なことも言いたくない。
(いっそ、わたしから結婚しよう?と言うべき?)
ない、それはない。「んなつもりは無ぇ」って、拒否される未来しか見えない。だって千空ならあり得るのだ。
そんなこと言われたら、きっと立ち直れない。拒否されるくらいなら、曖昧なままずっと恋人関係の方がいいかもしれない。
「……今日はかえる」
「あ?さっき来たばっかじゃねえのかよ」
千空が手元の装置から視線を上げた。
「なんか、今日はもういいや」
わたしは大きく息をつきパイプ椅子から立ち上がる。
「……言いてえことあんならちゃんと言え」
「言いたいことなんて、ないよ。そう!夏至!夏至の話を聞きに来ただけ」
ないない、とひらひら手を振ると、千空が視線だけでなく動かしていた手を止め、身体ごとこちらに向いた。
「……俺は、テメーから夏至以外の話が出るの待ってたんだがな」
「え?」
千空がおもむろに白衣のポケットに手を突っ込み、小さく畳まれた紙を取り出す。
「ほら」
その小さく畳まれた紙を、わたしの方に突き出してきた。
「なにこれ」
「いいから見ろ」
しぶしぶ受け取り、紙を広げる。
茶色のフチで囲まれた枠に、黒いペンで石神千空と名前が書かれている。
「え?」
紙のてっぺんには枠と同じ茶色で婚姻届の文字。
「結婚すんじゃねえのか」
「……は?なんで急に??」
「同棲3年。共同生活に問題なし。不満もねえ。価値観も把握済み。今さら結婚しねぇ理由がねぇだろ」
さっきまで夏至の話しかしてなかった男が、何を急に。
「……ぶっ飛びすぎじゃない?」
「テメーがいつまでも切り出さねえからだろ」
「え?責任転嫁すぎる……ていうか、すっごい折り目ついてる……いつから持ってたのこの婚姻届?」
やたら小さく折りたたまれていた婚姻届には、くっきりとした折り目が付いている。
「先月」
悪びれる様子もなく、小指で耳をほじりながら千空が答えた。
「んなっ!早く言ってよ!!」
「言おうとしたら夏至の話してきただろうが」
「夏至の話じゃない!6月の話っ!」
婚姻届を見つめたまま固まる。頭の中で、さっきから聞いた言葉がぐるぐると回っていた。
結婚。婚姻届。先月。
「……まってまって、なに、これが、プロポーズ?」
「紛れもないプロポーズだろ?」
千空は不思議そうに首を傾げる。
「えっ、やだぁ!!ちょっと!もっとロマンチックなものじゃないの?」
「ロマンチックは知らねぇが、ロマンならあるだろ」
「……どこに」
千空の口元がわずかに吊り上がった。
嫌な予感がする。
「科学」
「サイアクッッッ!!」
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Xでの夢一本勝負企画、お題「プロポーズ」で参加した作品です