お見合い相手が石神千空ってどういうこと?
「顔を立てると思って、一度だけで良いから」
立てるってなんだ。
一体どの顔を立てろというのだ。
旧世界でも着たことないような美しいおべべを着て、わたしはホテルのラウンジに立っている。
「おまたせしました、こちらへ」
ラウンジを案内してくれる女性が丁寧に進行方向へ手のひらを差し出した。
大きな牡丹が描かれた赤い振袖が揺れる。頭には、花屋の花をみんな持ってきました!と言わんばかりに花が差されていた。
差しすぎだ。
七五三のほうがまだシンプルだろう。
「いやあ、助かったよ……」
少し頭頂部が寂しくなっている社長が、汗を拭きながら隣に並んだ。
「ほんとに賞与あるんですよね?」
「君、そういうとこしっかりしてるよね?」
「望んでもいないお見合いするんですよ? 旧世界なら社長だろうが、セクハラパワハラでコンプライアンス室へ連行ストレート案件ですからね」
数日前、旧世界でも新世界でもおひとり様満喫する気でいたわたしに、社長が頭を下げてきた。
お見合いをしてくれないか!会ってみるだけ会ってみて、合わなければ断っても良い!賞与も出す!
……でも、できれば成立させて欲しい。
そして冒頭へ戻るわけだ。
「そもそも相手の名前すら知らないんですが」
「いやあ、それがねえ……」
やけに歯切れの悪い社長に首を傾げつつ、案内の女性の先を見る。
窓側の一番光の入る席に、光に輝く赤いマントが見えた。
赤いマント、白衣、そしてつんつんと逆立った毛先に向かって緑色に輝く髪。
(……あれって、石神博士?)
世界を救った科学者、石神千空が資料を広げて読んでいる。
(すご。本物?初めて見た)
「いやぁ、石神博士、おまたせしました」
……ん?
「あ?テメーか。待っちゃいねえが、んな茶番さっさと終わらせんぞ」
……え???
資料から顔を上げた赤い瞳と、ばっちり目が合った。
(うわっ)
「石神博士、先日のお話の……」
「コイツか」
「そうです、どうぞよろしくお願いします」
よろしくってなんだよろしくって。
こちらには何の話もないのに、社長と石神博士の間では話が通ってるようだ。
「じゃあ、岩瀬くん、しっかりね」
「えっ、ちょっと社長っ?」
わたしの肩をポンと叩き「社長はあとは若い者同士で」と言って去って行く。
いやだから、よろしくだのしっかりだのってなんなんだ!
「まァ座れよ」
顎をしゃくり、対面の席を促される。
「はあ」
恐る恐る腰掛けた。
背中の帯が邪魔で浅くしか腰掛けられず、やたら姿勢が良くなっている。
「あー、俺は千空。石神千空だ」
「はい、まあ、存じ上げてます」
知ってますよ。
よーく存じ上げております。世界中が知ってますよ。
世界を救った石神千空博士。
……おや、この流れはわたしも自己紹介か?
「あー、わたしはさっき居た社長の会社の、秘書課所属の岩瀬です」
「下の名前は」
「麻衣です。岩瀬麻衣」
石神博士が、パラパラと手元の資料を捲る。
「あー、これか」
いやなに、なにその紙。
「麻衣テメー、コレがお見合いだって分かって来たんだろうな?」
おっと、さっそく呼び捨てか石神博士?
「はい、まあ、そうじゃなきゃこんなド派手振袖着ませんね」
「あァ、そういやそうだな」
おい、振袖今気付いたんかい。
だからいつもの制服で良いんじゃないかって言ったじゃん社長。
「動機は?」
「動機?」
「見合いすると決めた動機」
ああ、それか。
「賞与です」
「……賞与?」
「お見合いに行けば賞与をやる、と言われましたので。秘書課はわたしだけが独身なので消去法ですが」
「金目的かよ」
資料に視線を落としたまま、クククと声を上げで笑う石神博士。
「金以外でなんか希望ねえのか」
「希望?お見合いにですか?」
「将来の展望とかあんだろ」
事前に注文されてたらしき飲み物が運ばれてくる。
「いや……」
展望と言われても、なあ。
配膳される飲み物を目で追う。
「旧世界でも新世界でも独身の予定でしたので、とくには」
「なら仮に結婚するとして、相手に求めることは」
配膳されたホットコーヒーを持ち上げ、石神博士がひとくち飲んだ。
「……放置ですかね?」
「放置?」
「言い方を変えると、干渉しないとか、自由にさせてくれるとか」
「変わってんな」
「おひとり様のつもりでしたので。そこは譲れないかな、と」
「……なるほどな」
カップを置き、再び資料に視線を落としている。
「就労態度真面目、健康状態良好、年齢適齢……」
だからなんなんだその紙は。
「あと、希望は?」
「希望?」
博士がパシリと紙を弾く。
「金だの家だの、子どもだのあんだろ」
「はあ?」
思ってたお見合いと違うな。
ご趣味は?とか聞かれるんじゃないの?
「お金は、あって困りませんね。家は住めればなんでもいいです。子どもは……子ども?」
「いるとかいらねえとかあんだろ」
「……」
子どもね。考えたことも無かったな。
「……石神博士は?」
「俺か?……相手に丸投げになっても良きゃ、な」
イクメンなんて誇れるような暇はない、ということらしい。まあそりゃそうだろうな。
「……仮に結婚するなら、授かれたらそれが一番ですけど。あ、無理なら養子でも」
「……なるほど」
なんだこれ面接か?就活?
希望の雇用形態でも聞かれてるのか?
「よし、採用」
「……は?」
採用ってなんだ。
「見合い成立だ」
「えっ?成立?」
いやまて、わたしの希望しか言ってないぞ。
「成立って……石神博士は良いんですか?」
「あ?俺の方は誰でも良いつもりだったが……」
石神博士が今まで見ていた例の紙をスッと渡される。
「なんですか……って、これわたしの履歴書?ちがう、内申書?」
わたしの基本データから勤務態度、長所短所までファイリングされている。
しかもざっくりとしたプライベートの行動まで記録されているではないか。
「テメーんとこの社長が出してきた」
「あのクソハゲっ」
コンプライアンス室ブチ込む。
「あー、まわりが『結婚しねえのか』だの『うちの娘がオレに惚れてるからどうだ』だの、うるせえんだわ」
コーヒーを啜りながら石神博士が話し出す。
「ラボと家の往復する程度で、まともな夫婦生活なんざ望めねえってのに、惚れられても面倒しかねえだろ」
「まあそれは、最終的に仕事と私どっちが大事なの?コースですね」
「だろ?んな茶番に付き合う暇あんならラボ籠るつーの」
そこで、その話を聞いていたうちの社長が『適材が居る』と差し出した生贄がわたしだそうだ。ハゲめ。
「ほぼ確のお見合いだった、ってことですか?」
「資料だけじゃ判断できねえ。だから直接呼んだ」
「振袖の意味……」
博士の視線が振袖に下りる。 足元から胸元へ、そして頭の花へ。
ふと、目が合った。
「似合ってんじゃねえか」
カップを手に取ろうとして長い袖を思い出し、慌てて片手で袖を押さえた。
「それはどうも……」
なんだかいたたまれなくて、カップに口をつける。
少しぬるくなったコーヒーの苦味が口の中に広がった。
「こっちはともかく、テメーはいいのかよ」
「……賞与出ますし、賞与ついでに干渉しない夫が付いてくるってことですよね?」
「……間違ちゃいねえが、言い方ヒデえな」
「どうせうちも、親に結婚どうすんだ的な圧は地味に掛けられてましたし。無視してますが」
「どこも似たようなモンだな」
「そうですね」
ラウンジではゆったりとしたBGMが流れている。
周囲の微かな話し声に混じり、カチャリと、カップがソーサーに重なる音が小さく響いた。
「……えーっと、成立したんですよね?……よろしくお願いします?」
「なんで疑問形なんだよ……あー、まあ、こちらこそ、だな」
賞与目当てで来たお見合いだったが、気付けば条件交渉はまとまり、話は成立していた。
2026/06/22