欲張りな開店祝い
「いらっしゃいませ……って龍水……ほんとに来た」
店の開き戸の上には、少しくすんだ真鍮のベルがぶら下がっていて、開閉するたびにチリンと鳴った。
「ここか。マップアプリにも載ってないから苦労したぞ……」
入ってきて早々、七海龍水がカウンター前のスツールにドカリと座り込んだ。
ラフだが質の良さそうな白いVネックTシャツに、薄手のリネンジャケット。細身の黒いパンツ。
この小さな店内で、龍水が腰掛けてるだけなのに、妙に洗練されて見える。
「まさか開店当日来るとは思ってなかったよ」
知人の紹介で、破格のテナント料で借り受けた小さな店舗で、今日から私はハンドメイドアクセサリーの店を始めた。
たまたま友人の龍水にその事を話したのが数日前。
『ならば開店祝いを送ろう』そう言われて『よろしくおねがいしまーーす』と冗談半分で返したのだ。
あの時点では海の上にいると聞いていたので、冗談のまま終わるのだろう。そう思っていたのに。
「開店祝いが無くては、開店にはならないだろう?」
さも当然と言わんばかりに薄手のジャケットの胸元から、やけに厚みのあるご祝儀袋を出す。
「ちょっちょっちょ!?店ごと買収でもする気!?」
「開店祝いだろう?」
「開店祝いにそんな自立しそうなご祝儀袋おかしいでしょ!?普通、花とか!花、とか?……いや、花しか思い付かないけどさ」
「ふむ、フラワースタンドでもフランソワに持ってこさせるか」
「だから!いらないってば。この狭さでどこに置くの……」
「ふうん」
その言葉に龍水が店の中をぐるりと見回す。
「立地もそうだが、これで、やっていけるのか?」
「これ一本でなんかやっていけるわけ無いでしょ。趣味みたいなもんだからいいの」
「やっていけないのにやるのか?無駄だろう」
「個人事業主の名刺に、なんとかビルの何階って入ってるだけで信用度爆上がりするの、龍水ならわかるでしょ?」
そう言って私はカウンターの裏に用意してある、自分の名刺を差し出す。
龍水は差し出された名刺を指で挟んで受け取ると、品定めするように眺めた。
「なるほど、本拠地と副業を兼ねているわけか。悪くはないな」
そのまま名刺を指で弾くと、流れるようにポケットに仕舞った。
「……やめとけ、とか、もっと立地の良いところとか、言われるのかと思った」
「なぜだ?欲しかったのだろう?」
「だって利益とか……」
龍水はスツールから立ち上がると店内をウロウロと見始める。
数歩ですべての商品が見れるほどに小さい店だったが、龍水は商品ひとつひとつを丁寧に見て回っていた。
「どれも、作り手の丁寧な仕事ぶりが見える」
龍水はひとつのアクセサリーを手に取って光にかざしている。私もカウンターから抜け出して、龍水の隣に並んだ。
「そのへんは私の作品かな。そっちの棚は委託で扱ってる分だけど」
光にかざしていた商品を私の耳元に充てる。
「なるほど、似合うな」
「そりゃ自分の欲しいものを作ってるからね」
龍水がフッと笑った。
「貴様は、利益だけ欲しいなら別の場所を選んでいるだろう?違うか?」
「……違わないけど」
龍水がパチンと指を鳴らす。
「欲しいイコール正義だ!自分の欲しいものを手に入れて何が悪い」
「そうだね」
高らかに言い切り、私の呆れた笑い顔を見て満足そうに頷いた。
「そういうことだ。これを貰おう」
手に持っていたアクセサリーを渡してくる。
「え?自分用?」
「いや、プレゼント用だが?」
「えっ、あ、そうだよね、ちょっと待っててね」
そそくさとカウンターへ戻ると、もたもたと慣れない操作で会計をした。
「ほう、スマホと連動か」
「今、ジャン!ってお釣りが飛び出てくるレジもスマホと連動出来るの便利だよね」
現金かカードか、と聞こうとして、カウンターにはまだ分厚いご祝儀袋が置いてあることに気付く。
「龍水、このご祝儀申し訳ないけど引き取って。こんなの受け取れない」
「相変わらず頑固だな。お祝いなんだ。もらえるものは貰えばいいだろう」
「庶民は、そういうわけにいかないの」
龍水は、なにか考えるかのように自分の顎に手を添えると、ふむ、とひとことつぶやく。
「ならば支払いは現金で」
ご祝儀袋から1枚札を抜き出した。
「釣りはいらん」
「龍水!」
「釣りが開店祝いだ。それくらいならいいだろう?」
アクセサリー代を引いても数千円は残るのだが、先ほどの分厚いご祝儀に比べればたしかにそれくらいの金額にはなっている。
「あー、わかった。じゃあこれはありがたく頂戴します……」
「そうしておけ」
それでだ、と龍水が続け、またスッとご祝儀袋を私にすべらせてきた。
「これは契約金だ」
「契約金?」
「委託品を扱うのだろう?俺があの棚をひとつ契約しよう」
指差す方向は、店から入って1番手前のよく目立つ棚。
「俺が海外で雑貨を買い付けてくる。それをこの店に委託するから、その棚に並べて売ってくれ。値段は任せる」
筋は通っている。
「……それにしても多くない?」
「委託料の前払いだ。言い値で構わん」
「売上の割合は?」
「そちらに任せる」
「……儲ける気ある?」
一瞬、止まる。
そして龍水はカウンター越しに、ゆっくりと私の顔を覗き込んだ。
「棚を借りる名目なら受け取るだろ」
「……いや、それは……」
近すぎる距離に一歩下がる。
「ほらな?」
「……なんとしてもご祝儀置いていく気なんだ」
しかたなく観念して、もう一度差し出されたご祝儀袋を受け取ると、龍水は満足そうに笑った。
アクセサリーを贈答用の小袋に入れ、リボンのシールを貼る。
「……あ、可愛い色にしちゃったけど良かった?」
「ああ、構わない」
お買い上げありがとうございました、と言葉を添えて商品を渡す。
「これで名実ともに、俺がこの店の、初めての客だな」
「……それも欲しいだったの?」
「俺は欲しがりだからな」
ふふん、と鼻を鳴らしながら商品を受け取ると、まるで当然のように今度は私へ寄越してきた。
「ほら」
「……今度はなんなの?」
「貴様の欲しいものが並んだ店なのだろう?」
「そうだけど……まさか、これも開店祝い?」
「なに、単純に着けているところを見たかっただけだ」
苦笑して受け取る。
「それを付けたら、昼でも食べに行くか」
「えっ、お客さん来たらどうするの?」
「どうせ俺以外来ないだろう?」
「……失礼すぎない?」
龍水が入口にぶら下がった看板をCLOSEDへと裏返した。
「俺にしか開店の連絡をしてないやつが何を今更」
「えっ……」
「開業届に書いた日付は明日だろう?」
「……っ!!なんで知ってんの」
「俺は七海龍水だからな」
「……最悪っ」
背中を押されるまま店の外へ出る。
表通りから少し入り組んだ、車も入れない細い路地。
わざわざ車を降りて、この店を探して歩いてきたのだろう。
そこまでして客第一号になりたかったのかと思うと、なんだか可笑しかった。
開店祝いも置いていった。
棚まで借りていった。
そのうえ客第一号まで持っていくなんて、欲張りにもほどがある。
CLOSEDの札が揺れ、真鍮のベルがチリンと鳴った。
開店初日なのにもう閉店。
まあ、それも悪くないかもしれない。
おまけ
おまけ