幕間 冬編【1.5】目は口ほどに物を言う
「あっ!!!そうだっ!!」
そろそろシメのうどんでも入れようかという頃、花梨が突然立ち上がった。
「ちょっと待っててください!」
キッチンへ駆けていく。
……まだ何か出てくんのか。
鍋に誘われ花梨の部屋を訪れたのは1時間ほど前。
花梨の席を見ると、4本目の缶に口をつけ始めていた。
「ビールじゃなくてチューハイにしようかなあ〜」と3本目からはビールをやめ、冷蔵庫から出してきたグレープフルーツの絵が描かれた缶酎ハイを飲んでいる。
俺は空腹を満たす方を優先していたので、飲んだのは2本程度だ。
こんな量では酔いはしない。
花梨が酒を好むことは、これまでの会話からも気付いていた。
ザルというほどザルなわけでもないらしいが、3本目あたりからやたら陽気になっている。
「せんくーさんもチューハイ飲みます?」
「いや、もういらねえ。なあこれ、うどん入れねえのか?」
キッチンではガサゴソと音を立てながら花梨がなにかを用意していた。
「うへへ。うどん、ちょっと待ってください。とっておきがあるんです」
「とっておきだぁ?」
「もう1本お酒が飲みたくなるやつ」
ピーという電子音が鳴る。
ほどなくしてキッチンから戻ってきた花梨が、クスクス笑いながら小鉢を俺の前に配膳した。
「もつ煮です!!」
「おい、今このタイミングでもつ煮かよ」
「だって味噌味ですよ!?お酒のお供には最高ですよ!?」
「酒残ってんのはテメーだけだろ」
シメのうどん入れるかって話をしてたんじゃねえのか、という意味も込めてじろりと花梨を見たが、陽気な女はそんな視線は気にもせず、俺の小鉢に七味を掛けていた。
「いやまあ、いいから食べてみてくださいよ!昨日から仕込んであるので!」
しかたなく味見くらいはするかと、もうシメくらいしか入る余裕がない腹を騙しつつ箸をつけた。
「……うめえ。なんだこれ」
「もつ煮ですよお」
そんなことはわかってる。
味が、飲み屋で出るもつ煮とは段違いで美味い。
歯ごたえのある部分も残っているが、ほとんどはぷるぷると口の中でほどけるほどやわらかく煮込まれている。
味もさることながら、なにより豚特有のニオイがない。
「下茹でして、味付けてトロトロまで煮て……」
「いや、手間かかりすぎてんな。どう考えても昨日からの仕込みのレベルじゃねえだろコレ」
「あー、そうですね。昨日完成したから、今日食べるために昨日から冷蔵庫に仕込んでた、ですね?圧力鍋使うと早いんですけど、できればじっくりトロトロにしたくてカセットコンロ出して弱火で……」
ベラベラと調理過程を話している花梨に突っ込むことなく、もつ煮の箸を進める。
「……うどんじゃねえな完全に」
「それで味付けは……え?だから、うどんじゃなくて、もつ煮ですよ!酔ってます?」
「酔ってんのはテメーだわ。んなモン出してきて、どう考えたって白米だろ」
もう鍋のシメなんてどうでもよくなってきた。
これを白米にぶっかけて食った方が断然美味え。
なんなら最初から出してほしかったくらいには米で食べたい。
「あはっ!そーですよね!!わかる〜!!ごはん、冷凍ならありますよ?」
「もらう。勝手に開けるぞ」
立ち上がり、どうぞどうぞという声を背に、冷凍庫の引き出しを開けた。
もともとラボの研究員だった夫婦が残していった家具や家電を、そのまま花梨が使っているので、単身が使う家電としてはすこし大きめだ。
だが、料理好きの花梨には逆にちょうど良かったようで、冷凍庫の中にはラベリングされた食材と、氷菓。手前にはカップ入りの白米が、几帳面に収納されていた。
「やば、せんくーさんが、うちのれいとうこあけてる!アイスたべる?」
「だから米だっつてんだろ、米」
迷いなく白米をひとつ取り出すと、すぐ近くに設置された電子レンジも勝手に使う。
「冷凍ごはんのボタンおして、スタートでえす!石神千空がうちのレンジ使ってる!!あはは!すごーー!!」
解凍され温められた白米を手にリビングに戻れば、相変わらず陽気な酔っ払いはもつ煮をアテに酎ハイを飲んでいる。
「飲むとスゲー喋んだな」
米の入ったカップを開け、遠慮なくもつ煮を白米に掛ける。
「ん?わたし?そうですか?わたし、普段もめっちゃくちゃおしゃべですよ!」
「んな事ねえだろ」
「ええ〜、今日だって博士氏誘っちゃったーー!どうしよーーー!って大騒ぎしてました」
「博士氏?」
「あっ、そうだったこれは頭の中だけだった。ナイショだった。わすれて?」
つまり、お喋りなのは脳内つーことか。
普段さほど喋らねえ分、頭の中じゃ大騒ぎしてんだろう。
時々する、言葉を飲み込むような仕草は、発言する言葉を選んでるのかもしれない。
まあ酒を飲むと、そのストッパーは見事に機能しないようだが。
白米にぶっ掛けたもつ煮をかき込む。
想像通りの具合に思わず口元が緩んだ。
「どうです?もつ煮ご飯おいし?」
「ああ、美味え」
「やったー、よかった!」
ニコニコしながら自分のもつ煮をつまんでいる酔っ払いを眺める。
「博士氏、また食べに来てくだたい。あ、やば噛んだ。くださひ、くだてい……あれ?」
口だけじゃねえ。
酔っ払いの目も、随分とよく喋る。
「テメーが呼べばな」
もつ煮を食べ終えても、しばらく陽気なお喋りに付き合った。
2026/08/18
2026/08/18