いつもと違うルートを通っただけだったのに。 こんなことになるなんて。

【1】ネギ持ってたら石神千空に会った

「おい、無視すんな」 「うるさい、あっち行って」 後ろでギャンギャン言いながら追いかけてくるのは、石化前に付き合っていたクソみたいな男。 名前すら呼びたくないので村人Aとでも呼ぼう。 石化前に付き合ってたけど、ギャンブル、たばこ、酒、直接手を上げることこそ無かったが、わたしの財布から札が消えたことなんて星の数ほどある。 うんざりして別れたらロミオ化。 無視したらストーカー。 そろそろ警察でも挟もうかとしてたら人類みな石化。 石化して、復活して、影も形もない村人Aに歓喜して、やっとわたしは平穏なくらしを手に入れた。 ──そう思ってたのに。 「なんで無視すんだ。呼んでんだろ」 「うるさいあっち行け。アンタなんか知らん」 すこし歩調を速めたせいでマイバッグに刺してあるネギが、今にも飛び出しそうなほど肩で揺れている。 「いい加減にしろ!」 「痛っっ!!」 思いっきり腕を掴まれる。 終わった。 見つけた瞬間やっぱり走って逃げればよかった。 いやそもそも、こんなルート通らなきゃよかった。 掴まれた腕を引き離そうと必死に抵抗するが、太刀打ちできるはずも無く。 村人Aを見れば目が座っている。 これはヤバい。 キレて缶ビールぶっ飛ばしてきた時の顔してる。 最悪のパターンしか浮かばない。 「離してよ!!」 少し声を張り上げたその時、スッと誰かが横に並んだ。 「おい、離せよ」 「はァ?」 その声に、聞き覚えは一切ない。 おもわず顔を上げる。 赤い目。 逆立った、白のようにも見える銀髪。いや、白菜? (誰?) まったく知らないはずなのに、何故か見たことのある気がする男が、わたしと村人Aの間に立っている。 「おい、花梨。コイツ誰だよ」 村人Aが腕を離すことなくわたしに言う。 「えっ、いやっ、えっと??」 「あ?心配すんな赤の他人だ」 いやまって、ここは、俺はこいつの今カレとか言ってくれるもんじゃないのなにこの白菜頭!! 「他人がなんの用だ」 「とりあえず手ぇ離せ。この女の腕、赤くなってんぞ」 「……っ」 白菜頭男に淡々と言われて少し冷静になったのか、村人Aが手を離す。 離れた腕に安堵しつつ、私は慌てて離れて白菜頭男の後に隠れた。 「赤の他人さんよ。うしろのそいつ、俺のカノジョなんで返してもらっていいか?」 白菜頭男がこちらを振り返る。 「あー、余計なお世話だったか?」 「ちがう!彼女じゃない!!あいつは元カレ現ストーカー!!」 「ほーん」 耳をほじりながら心底どうでも良さそうな白菜頭男。 「……まあ、テメーらの関係はどうでもいいわ。とりあえずこの女の腕ヤベえのは事実だから、そっちの男は一度引けよ」 男に言われて初めて腕を見たら、掴まれた部分がえげつないほどに赤くなっていた。 「ゲッ、色やば……」 わたしの声を聞いてるのか聞いてないのか分からない様子で、男は耳をほじっていた指をフッと吹く。 「……まあ、引かねえなら通報しかねえか」 男がスマホを取り出す。 「その腕撮っとく。証拠になりゃ十分だ」 パシャリ、とシャッター音が鳴る。 「被害届でも何でも出しゃ、面倒なことになるのはテメーだろうがな」 「なっ!?」 「おありがてぇ事に、俺は警察関係の知り合いだけはやたら多くてな。呼べば秒で飛んで来る連中が何人か居る。メスライオンみてぇな女とかな」 「……」 「ちなみに走るのも速ぇぞ」 男の指がスマホの上を滑りだすと、村人Aの顔が青ざめていく。 すぐに、わたしと白菜頭を二度三度交互に見たかと思えば、舌打ちしてどこかへ走って消えた。 「やった……消えた……」 ありがとうございました、そう言いかけたところで男がわたしの腕を覗き込んでくる。 「テメー、それ大丈夫か?」 「え?」 「腕」 「ああ、触れば痛いですけど……」 「うっ血してんな。あとで腫れんぞ」 ちょんちょんと指先で腕をつつかれた。 「……腫れるんですか」 「まあここまで変色してりゃな」 スマホで先ほど撮った私の腕の写真をみせてくる。 「なんかあったときの証拠になる。腫れたら、腫れた写真も撮れよ」 「あの、ありがとうございます」 「こっちで撮った写真シェアすんぞ、スマホ出せ」 どこの誰かは存じ上げませんが。親切?な人も居たもんだ。 ……いや、なんかどっかで見たことあるんだよねこの人。 そう思いながら自分のスマホを取り出す。すると即座にペアリング通知が飛んできた。 『石神千空さんが画像を共有しました』 ……石神千空? スマホを見て、男の顔を見た。 もう一度スマホを見て、もう一度男の顔を見た。 「いっっ!!石神千空!?」 「あ?」 石神千空ってあれだ、復活読本に載ってた人だ!! そりゃどっかで見たことあるわけだわ!! 人類を石化から救った人じゃん!! ニュースとかもバンバン出てるじゃん!! なんでこんな見事な白菜気付かなかった!? うっそ、ほんとに!?若い!この人が全人類救ったの!? 「どっDr.STONEだとは知らず!!」 「んなこと関係ねえだろ」 恐らく100億万回は言われているであろう返答に、私は口をぱくぱくさせた。 関係ある。 いや、めちゃくちゃある。 だって目の前に居るの、人類を救った人だ。わたしはただスーパー帰りの一般市民である。 ネギ持ってるし。 なんでそんな人がストーカー対応してくれてるの? 「かっ、関係ありますよ!!めちゃくちゃある!!」 「そうか」 「いや、もっと驚いて!?」 「なんで俺が驚くんだよ」 「だって、こんな、こんなところ、なんでブラついてんの!?」 「そこが俺のラボだからな。外でメシ食ってきた帰りだわ」 石神千空が顎でしゃくった方向には、白く大きな建物があった。 「ド近所!?うっそ!?」 「はあ?建ったのなんか最近でもねえだろ」 「いや、あの建物があるのは知ってはいましたよ!?黒塗りの車とかよく停ってるから、あやしげな施設かと……」 「得体の知れねえ建物扱いか」 「いやまさかこんな近所に石神千空居るとか思わないでしょ!?復活してからずっとここ住んでんのに、全然気付かなかった……」 「デケェ節穴だな」 わあわあ騒ぐわたしを見て石神千空が鼻で笑う。 「あー、腕。腫れたら連絡よこせ」 「え?」 「ストーカー案件だろ。事案データあったほうが良いだろうからな」 「えっ、あっ?えっ?」 「……ラボ経由も面倒だな。直接でいい。スマホ貸せ」 わけもわからずスマホを差し出す。 ロックを解除するよう指示され素直に従うと慣れた手つきで連絡先を交換してきた。 アドレス帳に石神千空の文字。 「合成くさ……」 「なにがだ」 「わたしのスマホに石神千空いる……」 しかも私のアドレス帳はあ行が少ないので、開いた一番上に石神千空の文字が輝いているのだ。 「たかが連絡先だぞ」 「いや、こんな一般市民にホイホイ個人情報投げて良いんですか!?」 「売る気か?」 「売りませんよ!!!」 「ならいいだろ」 それから家に帰宅するまで、わたしの頭の中は、アドレス帳の一番上に輝く石神千空のことでいっぱいだった。 床に転がって、スマホのアドレス帳を開く。 石神千空 ある。 間違いなくある。 アドレス帳を閉じて、もう一度開く。開いて閉じたら消えてました!そんな可能性もあるかもしれない。 石神千空 ある。 本当にある。 その日、私は腕の痛みなんか忘れて、アドレス帳を見ては変な笑い声を上げていた。

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