幕間【10.5】枝豆菜園ティスト
枝豆のおじさん
「キミが、Dr.千空が連れてきた外部の子?」 やたら屈強な支柱を目の前に、なんじゃこりゃ!となっていたわたしに、眼鏡で白髪まじりのおじさんが話しかけてきた。 「えっ、あっ、はい??」 「ミニトマト、上手に育てたね。立派立派」 「いえ、あの、千空さんのアドバイスで……」 本当はここまで大きくなる前に切ってしまえばよかったのだろう。 でも、ぐんぐん大きくなろうとするミニトマトを切ってしまうのがかわいそうで、結局上へ上へと行こうとするミニトマトを自由にさせていた。 「Dr.千空のアドバイスがあっても、それを聞くか聞かないかはキミ次第でしょ?」 「あ、はい、そうですね」 「そろそろ台風が発生してもおかしくないからね。支柱足しといたよ」 お前か!この屈強支柱立てたのお前か!! 「これ、今ここに付いてる実が最後になるから、最後の実を収穫したら倒しておきなさい」 「倒す?」 「プランターごと倒せるならそれでもいいよ?それを合図にしてくれれば、あとは僕が持っていくから」 「いや、あの、倒してどうするんですか?」 「ん?ラボに持っていって堆肥づくりに使うんだよ」 おじさんがにこにこしながらトマトの茎を撫でる。 「ちゃんと次の作物に回るんだよ」 「そうなんですね」 ミニトマト、おまえ、実が終わってもまだ役に立つのか。すげえな。 「このままじゃ分解しないから、粉砕するけどね」 ……ミニトマト、強く生きろよ。いや、強い堆肥になれよ。 「あ、そうだ、ミニトマトのほかに何か植えてる?」 「あっ、いえ、これだけです」 「ちょうどよかった、なら僕の枝豆ついでに育ててよ。出来たら食べていいから」 聞けば、実ができるまでの過程の研究に使った枝豆らしい。実ができたところで研究は終了したが、そのまま栽培は継続していたそうだ。 「ここへ運んでくればいい?」 「あっ、はい」 「ありがとね。じゃあ、あとでここに置いておくね。Dr.千空にも言っとくよ」 ……千空さんに言っておく意味とは?? まてまてなんだ?どういうことだ??社宅の栽培担当にでも任命されたのか? 「Dr.千空、付き合ってみると結構優しいでしょ?」 「……付き合って?」 「ん?」 付き合って?どういうこと?いやおじさん、あなたがキョトンしてどうする。あー、そうか……関わってみると、ってことか。 「あっ、えっと……そうですね?」 「うん、そうでしょ。いい子だよ」 「……はい……?」 その後日、ミニトマトの隣にはやたら実の付きが良い枝豆が並んでいた。 はやく塩ゆでにして食べたい。ビールが美味しそうだ。 「食べ頃になったらちゃんと収穫するんだよ。置いとくと大豆になっちゃうからね」 大豆になるの!? それはそれで……興味ある!! 2026/07/25枝豆菜園ティスト
「よーし、やるか〜!」 俺は元気だぜ!と言わんばかりにセミの声が響き、昼間はまだまだ暑さの残るとある日。 本日晴天、絶好の収穫日和!今日は譲り受けた枝豆の収穫だ! 帽子、タオル、水分、軍手、ビールケース。……ビールケース? ああ、ケースひっくり返して、ここに座って収穫しろってことか。 枝豆を譲ってくれたおじさんに椅子置いといたよと言われて椅子を探したけど、椅子なんてなくて置いてあったのはこのビールケースだ。 なるほど、これが椅子ね。腰を下ろせればなんでもいいってやつか。 早速用意してもらったビールケースに座る。 あんていかんは、ばつぐんだ! 土から引っこ抜いた枝豆の株から、サヤをちぎって収穫していった。 ぷっくりと膨れたサヤの中に、つやつやの枝豆が入っているのかと思うと、収穫する手にも力が入るというもの。 うん、やっぱ塩ゆで。ビールと共に。 うんうん。やっぱそれだよね。 ビールのお供。ビール、ビール……ビール……あいやいや、枝豆枝豆。枝豆のおまけがビールだった。 本当は「ずんだ」にも興味ある。あれって確か枝豆の薄皮取るんだよね?薄皮取ってすり鉢で潰す。 譲り受けた枝豆から、それなりの量は採れそうだが、ビールのお供として食べてしまうことを考えるとずんだまでは回らない気がする。 うん、まあ、そこは次の機会でいいかな。 ぷちぷちと軽い音を立て、えだまめは茎からボウルの中へと移動していく。 「……あ?誰だ、と思ったら花梨か」 「んひっ!!せせせ千空さん、こんにちは」 やっと見慣れてきた白菜がこちらに向かって歩いてきた。 いやいやいや、見慣れてきたけど!見慣れてきたけど慣れてはいない!! 世界的偉人に名前呼ばれて、偉人からこっちに近付いてくる世界線どこ!?あっ、ここだ!!ここだった!! いやほんと、いまだに現実味が薄い。 社宅の入口の少し横で、首にタオル、頭に帽子、手には軍手の完全農業スタイルで収穫してたわたしを見て、千空さんがクククと声を上げて笑う。 「どこの農家が出張してきてんのかと思ったら、社宅の農家じゃねえか」 「いや、農家じゃないですから」 ミニトマト2株と枝豆数株の農家なんて、農家と名乗るのも烏滸がましすぎる。 そう、農家というより、どちらかといえば家庭菜園ティストだろう。 菜園イズエレガント。なにがエレガントなのかはわからんけど。 そもそも家庭菜園ティストってなんだよ。エレガントどこから来た。 千空さんが手持った荷物を端に置き、近くにおいてあったビールケースを引いてきてドスリと座った。 「え、あれ?どうしました」 「あ?こういう事の手は、多いほうがいいだろ」 「あ、ありがとうございます」 素手のまま、手が汚れることも厭わず千空さんが枝豆をちぎっていく。 「軍手要ります?」 「いらね」 ふたりで黙々と枝豆をちぎる。 ぷちぷちと枝豆をちぎる音に、時々社宅の前を通る車の音。ジージーとうるさいセミの声。無音じゃないのに静かな時間だった。 「……採り終わったヤツどうすんだ」 「あ、なんか端っこに積んどけって言われました」 「ん、このへんでいいか」 千空さんが、ガサガサと端に枝豆の株を積み上げていく。 「これも堆肥になるんですよね?」 「粉砕して腐葉土と混ぜて発酵させる。まあ堆肥として使えるまでは1年くらいかかるだろうがな」 枝豆を譲ってくれたおじさんは農業関係の研究者だったらしく、ミニトマトが採り終わった株も鼻歌交じりに回収していった。 元気かなミニトマト……いやもう砕けてるか。元気でな、ミニトマト。 ふたりで作業したおかげか、あっという間に採り終えた株は山積みになり、ボウルいっぱいの枝豆が完成する。 「できたー!ありがとうございました」 「あァ」 枝豆は鮮度が命。もうこのまま、すぐにでも塩ゆでだ!ビール!!いや、ちがう!枝豆!! 「出来たら呼べよ。取りに行く」 「ん?え?」 「枝豆、茹でんだろ?」 「……茹でますね」 え、なにその「だろ?」みたいな顔。 「……つまり?」 「タッパー空いてんだろ」 あっ!?そういうこと!?お裾分けしろってこと!? えっ、労働対価?いや、頼んでないけど!頼んでないけど勝手に参加して、勝手に要求されてる!! 「えっ、あっ!そういうことですか!?」 なんか急に面白くなってきた。 「アハッ!アハハハ!!」 笑い出したわたしを見て、千空さんは眉をしかめた。 「……わかりました、呼びますね」 まだ笑いが収まらない。 「ンフフフ」 もともと渡すつもりでいた。まさか自ら収穫を手伝ってくれて、その日のうちにお裾分けを要求されるとは思ってなかった。 予定よりほんの少し早くなるだけだ。 「ビールあります?」 「あっから言ってんだろ」 「ですよね」 そんな秋の足音がすぐそこまで来てる、休日の出来事だった。2026/07/31 枝豆のおじさんは拍手用の小話でした。 10話公開後に枝豆どうなったの声を多数いただいたので 拍手から拾い上げて枝豆菜園ティストとセットにしました。