ウェディングフォトを(俺が)撮る話
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雲一つない青空がどこまでも広がる、穏やかな休日。
撮影当日だというのに、午前中の石神家にはいつも通りの、のんびりとした時間が流れていた。
「千空、今日撮影じゃないの?こんなにのんびりしてていいの?」
「あ?言ってなかったか。午後だ午後。昼食ったら杠も準備しに来るだろ」
リビングのソファでタブレットを叩く千空に、香穂は「そうなんだ?」と首を傾げた。窓の外は、眩しいほどの陽光が降り注いでいる。
昼過ぎ。完成したドレスとタキシードを抱えた大樹と杠が、嵐のようにやってきた。
「さあ!!まずはお化粧と、髪のセットやっちゃおっか!!」
杠の手によって、香穂が丁寧に飾られていく。鏡の中の自分が、自分ではない誰かのように華やいでいくのを、香穂は不思議な心地で見守っていた。
一方の千空も、淡々と着替えを済ませていた。特徴的な髪は艶やかに撫でつけられ大人の男の香りを纏った千空の姿に、香穂は鏡越しに視線を外せなかった。
「よし!お化粧と髪のセットはこんな感じかな?」
満足げに筆を置いた杠が、千空に問いかける。
「千空くん、カメラマンさんとかいつ来るのかな?そろそろ着付け始めていいかな?」
「……いや、あとはいい」
「え?」
千空は短く答えると、戸惑う杠と大樹の背中に手をかけ、そのままリビングの外へと押し出した。
「助かった。写真が出来たら渡す……じゃあな」
「千空!?」
「千空くん!?」
杠たちをリビングから追い出し、ガチャリと鍵をかけた千空は、着ていたジャケットを無造作にソファへ放り投げた。
「……えっ、千空!?なにやってるの!?私一人じゃドレス着られないよ!?」
動揺する香穂を尻目に、千空はリビングの遮光カーテンを一気に引き絞った。
シャッという乾いた音が響き、外部からの視線が遮断される。
代わりにシーリングライトが明るさを増し、密室となったリビングを白く照らし出した。
「この間、杠から聞いただろ……」
「え?」
「俺が着せる」
香穂を立ち上がらせ、千空の手が迷いなくブラウスのボタンにかかった。
千空の細く長い指先が、壊れ物を扱うように丁寧にひとつ、またひとつとボタンを外していく。
「……千空、恥ずかしいんだけど」
「恥ずかしいと思うから恥ずかしいんだろ」
ウイングカラーのシャツの袖を捲り上げ、ジレを身に付けた正装姿の千空が、事もなげに言い放つ。
肌に直接触れるその指先は、やけに熱い。
ブラウスが肩から滑り落ち、スカートが床に沈む。純白のドレスが、千空の手によって少しずつ香穂の身体を包んでいく。
背中のホックを留め終えた千空の手が止まった。
「……杠の野郎、よくもまあこんなもん作りやがったな」
「え、変?」
「逆だ、アホ」
千空はホルターネックで隠れるギリギリの場所、白いうなじの肌にそっと唇を寄せた。
「千空、いま……なにかした?」
「…………」
返事はない。ただ、千空が口を離した場所には、赤い印が鮮やかに刻まれていた。
「……千空?」
「……香穂」
「ん?」
千空が大きく息を吐く。
「綺麗だ」
バッと勢いよく振り返った香穂の瞳を、千空の真っ直ぐな視線が射抜いた。
驚きで固まった香穂の唇に、千空は触れるだけのキスを落とす。
「……っ千空……!」
あまりの幸せと重すぎる愛に、香穂の視界が涙で滲む。
「泣くなよ。化粧は直してやれねえぞ」
千空はそう言って、香穂の頬を手のひらで包み込んだ。
*
リビングの隠し階段を上がり、屋上へと続く重い扉を前にして、千空が足を止めた。
「……ほら、これ履け」
差し出されたのは、ドレスと同じ純白の、繊細なレースがあしらわれたヒール。
香穂が戸惑う間に、千空は当たり前のようにその場に膝をついた。タキシードの膝が地面につくのも厭わず、彼は香穂の足首をそっと掴み、一足ずつ丁寧に靴を滑り込ませる。
「……ふふ、なんだかシンデレラみたい」
「ハッ、あんな人生逆転狙いの玉の輿と一緒にすんな」
「もう!例えでしょ!……でも、ありがとう千空」
二人が扉を開けて屋上へ出ると、そこには都会の喧騒を忘れさせるような、漆黒の夜空と満天の星々が広がっていた。二人で何度も星を見上げた、いつもの屋上だった。
「あれ、千空。カメラマンさんとか、居ないの?」
香穂が不思議そうに周囲を見渡すと、千空は手元のリモコンを操作しながら不敵に笑った。
「居ねぇ。……今日のカメラマンはこれだ」
千空の指先がスイッチを押すと、足元から小型のドローンが軽やかな音を立てて飛び立った。
「わあ、すご!……これ、宝島の時の?」
「まあ、コレと比べたらあっちはほぼオモチャだったな。カメラも積んでる。勝手に付いてきて勝手に撮ってくれる特製だ」
楽しげに飛び回るドローンを見上げて笑う香穂を、千空は少しだけ目を細めて見つめた。
「……かよ」
「え?今なんて言った?」
「何でもねぇよ。ほら動け!並んで澄まして撮る結婚写真なんてお互いガラじゃねぇだろ。自由にやれ。テメーが笑ってりゃ、それでデータとしては完成なんだよ」
「自由にしていいって言われても……」と言いながらも、香穂は慣れ親しんだ屋上で、千空と一緒に夜風を浴びてはしゃぎ出した。
二人がただ隣にいて、笑い合っている瞬間を、ドローンが忠実に記録していく。
ふと、千空が屋上の隅に置いてあった耐候性のボックスから、一眼レフカメラを取り出した。
「あれ?ドローンだけじゃないの?」
「……これは、俺とテメーの分だ」
「え?……じゃあドローンは?」
「……外野用」
「なにそれ!外野用の方がハイテクで手が込んでる!」
香穂がおかしくて吹き出すと、千空はファインダーを覗き込みながら、カシャリと静かなシャッター音を響かせた。
「外野は自動撮影で十分だろ。こっちは、完全プライベートだ」
千空はそう言って、もう一度ファインダーを覗き込んだ。
「これ、ふたりでも撮れる?」
「ん、ああ。セットすればな……」
千空は手際よく三脚を設置し、カメラと自分のスマートフォンを同期させた。
「セルフタイマー?」と香穂が覗き込もうとするが、千空はそれを片手で制し、香穂が腰掛けたベンチの隣にどっかと座る。
「もっとくっつけ。見切れるぞ」
「え、やだ、ちゃんと撮って」
そう言いながら、香穂は千空の肩に身を預け、レンズに向かって笑顔を浮かべた。その瞬間、千空の手元にあるスマートフォンが、微かな電子音を響かせる。
──カシャカシャカシャカシャ……ッ!!
絶え間なく続く、高速のシャッター音。
「えっ、なになに!?今、撮ってるの!?」
「あァ、澄ましてる暇ねえぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、心の準備が……あはは!変な顔になっちゃう!」
慌てて顔を覆おうとする香穂の手を、千空が空いた手で引き寄せた。
「……隠すな。これは誰にも見せねえ。そのままでいい」
連写の音は止まらない。
千空がそっと顔を寄せると、香穂の唇にキスを落とした。