プロトタイプドラゴ <職場大混乱編>
窓から差し込む午後の陽光は穏やかで、都心のオフィスビルは今日も賑やかだった。
「はーい、お疲れ様です! 課長の快気祝い集金しまーす!一人1,000円……じゃなくて100ドラゴお願いしまーす!」
「わかるー!まだ円って言っちゃうよね!1,000だけど100!」
「ねー。ドラゴ、ドラゴ、ドラゴ……あー、もう価値のズレは慣れしかないよね」
同僚が集金箱と称した缶を手にデスクを回ってくる。
その同僚たちの楽しげなやり取りを聞きながら、私は自分の財布を開いた。
硬貨入れの中でひときわ目立つ、銀色の硬貨。フェロニオブに千空の横顔が刻まれた硬貨が目に入る。
……ダメ。これだけは、絶対に使えない
これは新通貨の製造記念に、千空からもらった、記念の10,000ドラゴ硬貨だ。
私にとっては旧世界での10万円相当の硬貨なんかじゃない。
世界で一番高価な【夫のブロマイド】なのだ。
でもなあ。現行紙幣は切らしてるし。クロムくんの硬貨を出すのも、お釣りがないって言われちゃうよね。
困り果てて財布の奥をまさぐると、指先にカサリとしたものが触れる。
取り出してみると、それは端が擦り切れた一枚の古い紙切れだった。
最新のホログラム入り紙幣とは似ても似つかない、手漉きの粗い紙。
インクは掠れ、どこか牧歌的な龍の絵と100の文字がスタンプされている。
あ、そうだった。気球作る時にみんなで作ったこれがあったんだ。
最新紙幣が流通し始めた今、記念品感覚で財布に入れていた手作りの100ドラゴを広げた。
ホログラムないけど、100ドラゴは100ドラゴだし、イケるかな?
「ホログラムなしなんですけどいいですか?」
「いいよいいよ、全然! ホログラム入りなんてここ最近だもんね。ドラゴなら何でもOK!」
「よかった、じゃあこれでお願いします」
その古臭い紙切れを集金箱に差し出した、その瞬間だった。
「……えっ?」
集金担当の同僚が、動きを止める。
「……石神さん、これ」
「あれっ?古すぎました!?ドラゴはドラゴなんですけど。あー、自販機は、むり、かも、ですけど……」
慌てて取り下げようとするが、同僚の方がひと足早くその紙を集金箱から拾い上げた。
「違う、そうじゃない!どこで手に入れたの!この、プロトタイプドラゴ」
「え? ぷろ……?」
プロトタイプドラゴ。その単語に反応した同僚たちが、弾かれたように総立ちになった。
「これ、オークションで1,000万ドラゴで落札されてた!」
「いっせんまん!?って1億円!?」
100ドラゴだと思って出した紙切れが、1000万ドラゴ!?
「ニュース見てないの?七海龍水が、これこそが俺たちの作り出した原点!プロトタイプドラゴだっ!って競り落としてたんだよ!」
「あさぎりゲンも懐かしくて涙が出ちゃうって言ってた!これ、もはや国宝だよ!?」
詰め寄る同僚たちの熱量に、私は冷や汗が止まらなくなる。
杠に、裁縫はもういいから、と戦力外通告されて、龍水に言われるままペタペタとハンコを押しただけの紙切れだ。
私にとっては、どこからどう見ても馴染みのあるただの100ドラゴだった。
「なんで持ってるのこれ!?」
「えっ、いや、夫に、もらった?」
「コレクターとか?」
「たぶん????」
私が顔を真っ赤にしてしどろもどろに答えると、同僚たちは一斉に悲鳴を上げた。
「しまっとけって意味だったんじゃないの!?」
「いや、だって、そんな高いものだと、思わなくて……」
「ヒィィィ!!旦那さんにバレたら離婚騒動どころじゃないよこれ!!」
手作りの100ドラゴを、同僚が押し付けてくる。
「今日はお金いいから!立て替えておくから!とにかくそれ早くしまって」
「すみません!ありがとうございます!」
心臓のバクバクが止まらない。
まさか、お財布の中の思い出の品が、職場でこれほどのパニックを引き起こすなんて。
千空!!非常用に入れときゃいいだろって適当に言ってたくせに!絶対こうなるってわかってたよね!?
詰める。絶対詰める!!!
私は震える手でプロトタイプドラゴを財布の奥深くにねじ込み、逃げるように給湯室へと向かったのだった。
黄金の晩餐編>>>
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