プロトタイプドラゴ <オークション編>
千空のラボの一角に、新世界の立役者とも呼べる顔ぶれが揃っていた。
皆が囲むテーブルの上には、粗末な紙切れの束が置かれている。
「……千空ちゃん、この最初に作ったドラゴ、まだこんなに残ってたの?」
ゲンが束を指先で弄る。
指先に、ザラついた紙の感触が伝わった。
「ああ。ルリたちが、漆の箱に入れて保管してやがったからな」
千空は耳をほじりながら答えると、その隣で紙を手に取った羽京が、懐かしそうに眺めた。
「造幣局もできて、今やすっかり過去の産物だね」
「ハッハー!懐かしいな!これは香穂がせっせと判を押したものだ」
龍水が指をパチンと鳴らして笑うと、「あー、そういやそうだったな」と、千空もその紙の束を手に取った。
「杠が、香穂に裁縫をやらせると、修正する手間の方が多いっつって、こっちやらせてたヤツな」
「あったね。香穂、手も顔もインクまみれだったっけ」
当時の様子を思い出していた羽京が笑う。
その横でしばらく紙を眺めていたゲンが、ふと顔を上げた。
「……過去の産物ねえ」
ゲンの指先で、紙がひらりと揺れる。
「千空ちゃん、これ、ちょっと面白くできそうじゃない?」
「あ゛?」
「ほう?」
ゲンが千空を見ると、それを聞いた龍水も興味を示した。
「今や誰でも使ってるドラゴの、一番最初のカタチ。しかも現存する数が極めて限定された、創世記のオーパーツ!」
ゲンはテーブルの上の紙切れを一枚掲げ、芝居がかった仕草で言った。
「こういうの、例の場所に出ちゃったりなんかしたら、好きな人にはたまんないんじゃない~?」
「あ゛ー、なるほどな」
千空の口元が、わずかに上がる。
「でしょ!?龍水ちゃんは資産価値が上がってハッピー、千空ちゃんはお金が手に入ってハッピー!どう?」
「そりゃテメー、金はいくらあっても困るもんじゃねえしなあ」
「ハッハー!!最古の紙幣か!面白い!!良いだろう、その話乗ったぞ!!」
羽京だけが苦笑する。
「……また始まったね」
こうして、プロトタイプドラゴを巡る、ちょっとした騒ぎが始まった。
*
龍水財閥が所有する豪華なオークション会場。
その一角で、千空と羽京がステージを眺めていた。
「……ククク、来たぞ」
ステージに運ばれてきたのは、小さなケース。
アクリル越しに見えるのは、あの頃と何も変わらない粗末な紙切れ、香穂がインクまみれになりながらハンコを押した「100ドラゴ」だった。
「ハッハー!!額面通りの100ドラゴからスタートだと?冗談はやめろ!!」
突如、最前列で指をパチンと鳴らしたのは龍水だ。
「1,000万ドラゴだ!!」
一瞬、会場が静まり返った。
次の瞬間、あちこちからざわめきが広がる。
「……いきなり自分で入札するんだね」
羽京が小声で話しかけると、千空も小声で答えた。
「まあ、龍水だからな」
龍水はそのままステージにズカズカと上がり込み、鑑定士の手からケースを受け取っている。
「これぞ俺たちの原点!よくぞ残っていた!」
「……あはは」
羽京が苦笑する。
「千空、これ本当に大丈夫?」
「面白ぇからいいだろ」
その頃、別の会場ではゲンがニュース番組に出演していた。
『龍水財閥のオークションで、興味深い品が出品されたようです』
モニターに映るプロトタイプドラゴを見て、ゲンが「あ……」と声を漏らした。
一拍置いて、目元をそっと押さえる。
「……懐かしい。ジーマーで懐かしくて……これ、俺たちが最初に作ったドラゴだよ」
『そんなに貴重なものなんですか?』
「職人が……もう現役引退しちゃってるしねえ。同じものは作れないでしょ?」
(まあ、香穂ちゃんもう紙幣制作はしてないし、職人の現役引退で間違いないでしょ)
それだけ言うと、ゲンはにっこりと微笑んだ。
数週間後。
再びオークションに出されたプロトタイプドラゴには、前回より遥かに高い値がついた。
『2,000万!!』
『2,500万!!』
『3,000万!!』
会場の片隅で、千空が口元を上げる。
「ククク……順調だな」
「ハッハー!!見ろ何万倍もの価値がただの紙切れに付加されたぞ!!」
「いやぁ、すごいねぇ」
3人が楽しそうに会場のモニターを眺めている横で、羽京だけが呆れたようにため息をついた。
「……香穂が知ったら、どうするんだろうね」
「知らなくていいだろ」
千空は即答した。
「アイツはどうせオークションのことなんか知らねえで『手作りドラゴ!なつかしいなあ~』ってしか思ってねえぞ」
「うーん、そうかも……」
羽京が苦笑してモニターへ視線を戻す。
その横で、千空が何でもないことのように口を開いた。
「ま、この儲けは全部、あいつ名義の口座に入れてあるからな」
いつの間にか千空の隣に腰を下ろしていたゲンが、モニターを覗き込んだ。
「……香穂ちゃん本人が知ったらどうなるかなぁ」
「そりゃ」
千空とゲンが顔を見合わせる。
「「オーバーヒート」」
「だよねぇ」
「間違いねえ」
「ってことは、香穂ちゃんにはまだ内緒?」
「ああ。あいつが使いたくなった時に、好きに使えばいい」
千空はそれ以上何も言わず、モニターへ視線を戻した。
そこでは、また新しい値段が読み上げられている。
「……ククク」
小さく笑って、千空は腕を組む。
今はまだ、知らせる必要はねえ。
必要になった時に、香穂が何も気にせず使えりゃ、それでいい。
「そっか」
ゲンは小さく笑って、それ以上は何も言わなかった。
エラードラゴ編>>>
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