プロトタイプドラゴ <エラードラゴ編>

龍水財閥の鑑定室に、大量のプロトタイプドラゴが並べられていた。 白手袋をはめた公認の鑑定士が、一枚の紙幣をピンセットで持ち上げ、困惑した表情で傍らの主に声をかけた。 「……龍水様。こちら、判断に迷うエラーパターンが多すぎるのですが、いかがいたしましょうか?」 「ほう?見せてみろ」 龍水が椅子から身を乗り出し、鑑定士が差し出した紙を覗き込む。 そこにあったのは、龍の頭が二重に重なってブレているもの、斜め45度に豪快にズレているもの、さらには力加減を間違えたのかインクがぼてっと大きな塊になっているもの。 「これはそのまま『エラー紙幣』としてオークションに出して構わん」 鑑定台の上には、もはや芸術的ですらあるエラーが並んでいた。 「見てみろフランソワ、これはもはや龍の絵が枠から脱走しているぞ」 逆さま、カスレ、さらには香穂の指紋がクッキリとインクで残っている超レアものまで。 「香穂様の性格が実によく表れた、愛らしいエラー紙幣でございますね」 「全くだ。まぁ、量産優先でクオリティまでは求めていなかったからな」 龍水が豪快に笑い飛ばすと、ティーセットを用意していたフランソワが静かに微笑みながら、その紙を眺めた。 「龍水様。あえてこれらを『エラードラゴシリーズ』としてカテゴリー分けしてはいかがでしょうか?」 「なるほどな。採用だ」 龍水は背もたれに深く体重を預け、目を細めて懐かしい光景を思い出す。 杠から戦力外通告され、一人で黙々とスタンプを押し続けていた香穂の姿。 「手も顔もインクで真っ赤にしながら、アイツは一度も腐ることなく押し続けていた」 「嫌な顔ひとつせず、自分にできることをコツコツと、最後まで実践する。それこそが、香穂様の最大の長所でございます」 フランソワが丁寧に淹れた紅茶を置く。 「面白いものだな。事務作業やスタンプ押しに関してはこれほど致命的な大雑把さが、料理に関しては凄まじい利点になるのだから」 その言葉に、フランソワも深く同意するように優雅に頷く。 「香穂様の料理には、目分量からしか生まれない味がございました」 「ああ。香穂が厨房に立つ日は、皆楽しみにしていたものだ」 フランソワが静かに頷くと、龍水はふっと笑った。 「フランソワ。香穂の料理の話をしていたら、あの味が無性に恋しくなったな」 「承知しました、龍水様。では千空様、香穂様にご連絡いたしましょう」 指をパチンと鳴らし立ち上がる。 「そうだな!それなら手土産が必要だ。よし、ちょうどいい!」 * その日の夜、石神家には賑やかな来客があった。 「しっかしテメーは、いつでも突然だな」 「おひさしぶりです龍水さん、フランソワさん」 「ハッハー!邪魔するぞ!」 リビングへ入るや否や、龍水が香穂へ手荷物を渡してくる。 「手土産だ。受け取れ」 「なんか、大きいですね?」 開けてみろと促され梱包を解くと、中から数枚のプロトタイプドラゴが飾られたオシャレな額縁が出てきた。 「えええっ!?ちょっと待って龍水さんこれプロトタイプドラゴ!?」 飛び上がって驚く香穂を、龍水がソファで眺めている。 「案ずるな。これは俺の職人が遊びで作ったレプリカだ」 「レプリカ?」 「ああ、鑑定の際に出たエラーパターンを面白がって並べただけの装飾品だ」 「そうなの?龍が変な方向向いてるし、インクがベチャってなって……え、まってこれ、私が押し間違えたの再現してるの!?」 「おーおー、まんまじゃねえか!」 「えええ……レプリカでもなんか複雑……」 香穂は苦笑しながらも懐かしそうに額縁を眺めた。 「でも、これはこれで私の頑張った思い出か。ねえ千空、これどっか飾ってもいい?」 「あァ。テメーがもらったもんだろ」 隣で腕を組んでいた千空は、鼻を鳴らして答える。 千空の目が額縁の裏に貼られた鑑定書へ一瞬だけ向くが、何も言わずに視線を戻した。 「じゃあ、ここに飾ろっと」 「ククク……好きにしろ」 千空は額縁の中の紙をちらりと見て、鼻を鳴らした。 「あ、夕飯もう出来てるから、龍水さんもフランソワさんも、冷めないうちに座って」 「それを待っていたぞ、香穂!!」 香穂がテーブルの上に料理を並べると、龍水は待ちきれない様子で席についた。 「では、いただくとしよう」 「めしあがれ」 4人分の料理が並び、いつものように食卓が始まった。 壁には、さっきの額縁が飾られている。 香穂はそれをちらりと見て、ふっと笑った。 「……なんか、懐かしいね」 「あァ」 それからは、いつものように他愛のない話が続いた。 数週間後。 七海財閥から発表された『プロトタイプドラゴ エラードラゴシリーズ』は、新世界の富豪たちの間で人気を集めていた。
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