春編【3】テメー、社用携帯どうした <2>
業務を終え、電車に乗る。
社用携帯を課長に預けてから数日経った。
新番号の発行までもう少しかかるとのことで、ここ最近は内勤を主にしていた。
幸い取引先も「携帯繋がらなかったから代表番号に電話したよ」とわたしを指名してくれる取引先が多くて、ありがたい限りだった。
ストーカーでは?と騒いでいた同僚たちは帰りのたびに「電車で大丈夫なの!?」と心配してくれるが、電車だからこそ大丈夫だろう。
少なくとも歴代ストーカー村人Aは、人目のあるところでどうこうしてくることは、まずなかった。
社用携帯もないので、最近は無言電話に悩まされることもない。
今日帰ったらお祝いのハンバーグでもいいかもしれない。
たかだか数日静かなだけでお祝いというほどのことではないが、真ん中にチーズを入れてしまえば、なにもなくてもお祝いハンバーグと命名してもいいだろう。
中からチーズが、パンパカパーンと出てくるから、くす玉みたいだし。
内勤の日だったので、いつもより少し早い電車に乗れた。
車両に乗り込む際、ひとりの男性と目が合う。
ん?見たことある人だな。
あちらからペコリと頭を下げたため、こちらもペコリと下げる。
……あ、思い出した。この間バスで会ったMコーポレーションの人。……名前はわからん。
Mコの人は次の駅で降りていった。降りる際に再びニッコリ笑って会釈したので、わたしも会釈で返した。
次の日も帰りの電車でMコの人に会う。
「おつかれ」
「あ、はい、おつかれさまです」
混雑していたこともありそれ以上会話することはなく、つり革に掴まり揺れていた。
また別の日。
今日の帰りの電車はまだ空いていたので、余裕で席に座れた。
ラッキーラッキーと思いながら腰掛けると、間を置かず隣に男性が座る。
タイミングが良かっただけで、すぐ混んできたな。危なかった。座れなくなるところだったかも。
「岩瀬さん、おつかれ」
「……え?」
突然横に座った男性が話しかけて来る。
驚いてそちらを見ると、先日朝のバスで遭遇したMコの人だった。
「え、あっ、えーーっと、こんばんは」
やばい話しかけられた。名前わかんないのに。
「最近帰りによく会うね」
「あ、はい、そうですねえ」
えー、気まずくない?
取引先の人と帰りの電車で隣同士とか気まずくない?
無視するわけにもいかないし、会話するネタもないし。
……そしてそもそも相変わらず顔は覚えてるが名前は思い出せない。
名刺もらってるはずなんだけど、担当じゃない人のデータ入れる必要ないか!ってデータ化の整理もしてないよ!!
「今日は遅い電車なんだね」
「今日はちょっと残業で……」
「俺も今日残業だったんだよね」
「へえ、そうなんですね……っさんも大変ですね」
名前わかんない。めっちゃ誤魔化した。
いや、めっちゃ話しかけてくるなこの人。会話ないし気まずいな、とか思ってたのわたしだけかも。
「ほんと大変」
よし!誤魔化したこと気付かれてない!……たぶん。
そのあとも、帰りの電車でMコの人と会う日が続いた。
「おつかれ」
「こんばんは」
会えば少し話す程度。 同じ路線なんだな、くらいにしか思っていなかった。
そのうち、「また会いましたね」が挨拶みたいになっていた。
「あ、岩瀬さん、今日も会ったね」
「こんばんは、おつかれさまです」
「今日は……あ、外勤だったでしょ?」
「え、そうです。よくわかりましたね?」
「勘?……いやいや、うそうそ。俺も外勤だったから、駅前で見かけただけ」
「……そうなんですねえ」
またある日。
今日はやたら混んでるなと思って電車に乗り込んだら、Mコの人が手招きしていた。
「岩瀬さん、こっちこっち」
「おつかれさまです」
「はい、疲れてるでしょ?座っていいよ」
そう言って席を立ち、わたしをぐいぐいと押し座らせてくる。
「いや、そんなわけには」
「いいからいいから。混んでるから座られちゃうよ。はやく」
仕方なく座席に座ると男性がつり革に捕まり、わたしの目の前を塞ぐように立った。
「あ、そうだ。ケータイどうしたの?」
「え?ケータイ?」
「そう、社用携帯かな?名刺に書いてあったやつ」
携帯が、どうしたというのだろうか。
「何日か前から電話してたんだけど、繋がらなくてさ」
何日か前?
「えーっと、いま、会社が回収してて……」
「ああ、だから繋がらなかったのか」
なに?どういうこと?
「……え?……あの、なにか?」
「ん?ああ、頼みたいものあったから電話したんだけど……結構掛けてたけど繋がらなかったからさ。ごめん、別のとこに頼んじゃった」
ああ、なんだ注文だったのか。びっくりした。
ん?……っていうか、まって。1件逃した?逃したよね??
あーん、こんなタイミングで!先月、無言電話のせいでちょっと目標値から落ちちゃったんだよね。
今月は達成させないとだから1件でも惜しい。
「わあ……それは、残念です」
「ほんと、俺も残念」
結局今日も名前は思い出せないまま、最寄り駅で降りた。
さすがにそろそろ“Mコの人”扱いじゃマズいか。名刺、探さなきゃなあ。
3page >>>