春編【3】テメー、社用携帯どうした <3>
それからさらに数日。
新しい社用携帯も支給され、仕事もようやく元の調子に戻り始めた。
今日は春キャベツが安かった。一玉買っちゃった。でもこれはいつもの買い過ぎではない。
むしろもう一玉買おうか悩んだほどだ!春キャベツは良い。
やわらかい、甘い、おいしい。バリエーションも豊富だし、なんとなく火の通りも早い気がする。
今日はどうしようかなあ。
春キャベツめいっぱい食べたいな。
蒸し鍋?蒸し鍋にしちゃう??お肉と、キャベツだけ。
シンプルだけどポン酢で食べるんだあ。
ルンルンと家路を歩いていると、私用のスマホがポロロンと鳴り出した。
お、電話だ?だれだろうと画面を見ると、でかでかと石神千空の文字が出ている。
うおっ!?なんだ突然!!!
恐る恐る通話ボタンを押した。
「はい……」
『テメー社用携帯どうした』
もしもしとか、名前とか一切無し!?開口一言目がテメー社用携帯どうした??
いやこっちが、どうしただよ!!!
「あ、え?」
『名刺、置いてっただろ』
名刺。ああ、ラボの一般公開のとき!苦し紛れに出したあの名刺か!そこに書いてあった社用携帯に電話してくれたってこと?
『繋がんねえから、テメーの会社に直で掛けたらもう帰ったって言われたからこっちに掛けた』
「えっ?直接スマホにくれればいいのに」
『営業サマに仕事頼むのに、私用つーワケにいかねえだろ』
仕事!?えっ、営業成功!?いや、名刺置いた以外何もやってないけど。
ちょっとまって、これ石神千空のラボの案件ってこと!?
「ご!!!ご用命は!?」
『アホか、業務時間外だろうが』
「いやそうですけど!!」
興奮しながらスマホを握るが、千空さんが黙り込む。
『……今どこだ』
「え?いま、社宅前です」
『メシは?』
「これから作ります」
『今日何食うんだ?』
「春キャベツと豚肉の蒸し鍋を、ポン酢で」
『……1時間後に行く』
「え?」
千空さんがそう言うとプツリと音を立て通話が切れた。
……夕飯食べに来るってこと?
というか今メニュー聞いて、食べるか食べないか決めたよね?
幸い、エコバッグの中には大きな春キャベツが一玉ある。
せっかくだからごはんも炊いておこう。
クスリと笑いながら、階段を登った。
*
きっちり1時間後。ゴンゴンとノックの音を立てて、まだ白衣のままの千空さんがやって来た。
バサリと白衣を脱いだ千空さんは、最近定位置になりつつあるクッションに腰を下ろす。
「で、社用携帯どうしたって?」
座って3秒で始まるんだ、その話。
「……この間、千空さんに端折るなって言われたんで」
「あァ、言ったな」
「次の日に上司に報告して社用携帯の番号変えてもらったんです」
蒸し鍋と言っても使用するのはフライパンだ。
テーブルの真ん中に鍋敷きを置き、すでに中身が完成しているフライパンを据え置く。
取っ手が取れるタイプなので鍋敷きに置いたあと外した。
「やりゃ出来んじゃねえか」
「褒められるような事じゃないですよ。上司にも、もっと早く言えって言われちゃいましたし」
実際、千空さんに言われなければ“気のせいか”で済ませて報告する気すら無かったわけだし。
「新しい番号が発行されたので、名刺も新しいものになってます。……要ります?」
「あ゛ー……そうだな。もらっとく」
部屋の隅に置いた通勤用のかばんから新しい名刺を取り出し、千空さんに渡した。
「無言電話のストレスに悩まされなくなったので、とっても快適です」
「それが通常だぞ」
用意した器を片手に、それぞれが好き勝手に蒸し鍋をつつく。
用意した炊きたての白米も順調に消えていった。
細いわりに結構食べるんだよな千空さん。
2杯ぺろりだもんな。
食べても太らないタイプ?脳に栄養で回ってるのかも。
いいなあ、羨ましいなあ。
わたしは食べたら食べた分だけ大きくなるんだよなあ……大きくなるのは横にだけど。
「でも無言電話がちょっと多くなってきたタイミングで、番号変更できて良かったです」
「……そんなにか」
「あまり気にしてなかったですけど、夜中とかもあったみたいで」
「電話以外は、なんか妙なことねえのかよ」
妙なこと。
「とくには……」
考えても思い当たらなかったので、世間話でもと思い最近の近況を話す。
「そういえば、千空さんみたいに社用ケータイ掛けたけど繋がらない!って今回結構言われたんです」
「そりゃ大人気じゃねえか」
「ありがたい話です。みんな千空さんみたいに代表番号にかけてわたしに繋げてくれたんですけど、1件だけ逃しちゃったんですよね」
1件逃したけど、これで千空さんがなにか契約してくれれば逆にプラスかも?
いや、そういうゲスい話は棚に上げておこう。
千空さんもあえて業務時間外だろって釘刺してきたわけだし。
「その人だけ代表には掛けないでずっと社用ケータイに掛けてくれてたみたいで……最終的には違うところに頼んじゃったよって言われちゃって」
「……は?」
「いや、こんなタイミングで、惜しいことをしたなあってなって……」
千空さんが箸を止めた。
「それ、いつ言われた」
「いつ?……あー、えっと、つい数日前ですかね?」
Mコの人。結局名刺探すの忘れちゃってるし。
あ、この人絡みなら、妙というか、こんな偶然あるんだなあってこともあるな。
「あ、これ関係あるか分からないですけど」
再び箸を動かそうとした千空さんが、ピクリと反応する。
「最近その人と電車でよく会うんですけど、その時初めて言われたかな……」
「……よく会う?」
「いや、ほんとこんな偶然あるんだなあ、みたいにわたしが電車に乗ると、だいたい同じ電車に乗ってるんですよね」
雑談したり、席を譲ってもらったり、そんな程度だが。
そして相変わらず名前はわからないMコの人。ごめんね。
「テメー、毎回おなじ電車乗ってんのか?」
「いいえ?外勤の日は直帰もありますし、内勤なら残業も稀にあるので、そんなにキッチリ同じ電車はないです、ね……」
自分で言っていて違和感に気付く。
あれ?そうだよね?なんでこんな頻繁に遭遇する?
意味もなく、千空さんにお茶を入れたカップを凝視してしまう。
「……ソイツと会った回数、日付、時間、乗った電車。全部記録しとけ」
「え?」
カップから視線を上げると千空さんがこちらを見つめていた。バチリと視線が噛み合う。
「念のためだ。何もなきゃそれでいい」
千空さんが、止めた箸を再び動かし始める。
「……はい」
わたしも箸を取り直し、少し冷め始めた春キャベツを口へ運んだ。
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2026/07/27
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