前回までのあらすじ!!
カレーは正義!シャバシャバのカレーよりも、汁気が少ないカレーのほうが好きなんだよね。
大学時代にハマったパキスタン風カレー。
最初は友人2人に振る舞ったんだけど、その2人が次に友達連れてきて4人になって、4人が8人、8人が16人になって……
そのうち構内ですれ違った人に「お?カレー屋!次はいつ?」って言われるようになって、怖くなってやめた。
なんでそうなる?
2026/07/23
春編【2】サボりじゃないです営業です!
前髪よし、リップよし。 ジャケットのシワなし、スカートもOK。名刺……よし。 いざ、行くぞ!! 駅のトイレでお直しを済ませ、わたしは軽快に駅の階段を降りた。 今日は一日外回りの札を貼ってきた。この日のために打ち合わせなどのスケジュールも調整した。 邪魔してくる案件もない。 こんなに気合を入れてる自分がなんだかおかしくて、自然と口元が緩んでしまう。 それでそんなに気合をいれて、どこへ行くって? 石神千空のラボだよ!!しかも一般公開!! こんな機会滅多にない。 春休みの平日。春休みなのは学生だけで大人はだいたい仕事の日程に一般公開を入れるあたり、子どもに優しい仕様だろう。 ……まあ、わたしは平日の仕事中に向かっているわけだが。 いや、サボりではない。営業だ。 これは立派な営業活動である。 ほら、名刺だって持ってるよ。世界最高峰の科学者が集う研究所だぞ? OA機器くらい使うでしょ?コピー機とか、プリンターとか。たぶんだけど。 え、まさか自作してないよね?? 自作してないことを祈るしかないのだが、つまりこれは新規顧客開拓。 石神千空を見に来たわけではない。 一般公開の日程に合わせたわけでもない。 ほんと。ほんとだよ。たまたま、たまたま開拓に向かおうとした日が一般公開だった! ははは、偶然だなあ!!偶然偶然! 数時間前に通ったばかりの道を歩き、千空さんのラボへ向かう。 見慣れた低木を抜けた先には、よく手入れされた芝生が広がっている。 普段から一般人にも開放されている敷地内は、ジョギングや散歩コースとして地元の人たちの憩いの場だった。 今日はその芝生にたくさんの人が集まっている。 「おーよ!粉塵爆発って知ってっか!?」 鉢巻きの青年が、子どもたちを巻き込み屋外実験をしようとしているようだった。 粉塵爆発ってこの間千空さんが言ってた小麦粉のやつ? 条件が揃えば爆発するってやつかあ。 どれどれ?と保護者たちの合間から覗き見する。 「いいか!?危ねえからもっと下がってろよ!!」 青年の声に、集まっていた子どもたちと保護者がぞろぞろと後ろへ下がる。 わたしもそれに倣い、少し離れたところから実験を見守った。 「ここに、粉を吹き付けるとだな……」 鉢巻きの青年が、小さなバーナーを持ち、そこへ粉を勢いよく吹き付ける。 ボォと音を立て、吹き付けた粉に火がつく。 小さなバーナーは一瞬で火炎放射のようになった。 おお!!と大きな歓声があがるが、しかしそれは一瞬のことで、あっという間にバーナーの火は、また小さなものに戻る。 火が小さくなるとまた粉を吹き付け、火が勢いを増す。 それを何度か繰り返した。 キョロキョロと周りを見渡せば、子供も大人たちも、キラキラと目を輝かせて見ている。 やっぱりみんな爆発好きなんだな。 『身近な爆発〜粉塵爆発が起きる条件〜』説明もちゃんと聞いた。 粉をふるってる最中にコンロの火がついたら爆発するかもしれない、ということらしい。 怖っ。粉ふるってるときは火気厳禁。おぼえた。なるほど勉強になる。 粉塵爆発の実験を後にし、開放されている施設内に足を踏み入れる。 初めて入るなあ。いや実際にはお正月に通過はしてるんだけど、あれは裏口だったし。正規ルートからは初。 白を基調としたラボ内は天井が高く、広く明るかった。ロビーと1階の数部屋を通路から見学できるらしい。 ところどころにパネル展示があり“公開はしてないけどこんな実験やってますよ”という内容のようだ。 社宅で枝豆を譲ってくれたおじさんがパネルに載っている。植物系のすごい人だったんだ?すご。 「いや、これはだな──」 キョロキョロとパネル展示を見て回っていると、先の方に大勢の人だかりが出来ている。 なんだなんだ?と近付いてみると、どうやら千空さんの生解説コーナーらしい。 赤マントに白衣のゴリゴリの博士モードな千空さんが、次々いろいろな質問に答えている。 すご……ガチ博士すぎる。 どう見ても、この間わたしの家で『ドーピング旨味成分入カレー』みたいなこと言ってた人と同じ人とは思えない。 「テメー、いい質問だな!それは──」 「──いや、それは100億%言い切れんぞ」 目まぐるしく飛び交う質問を、余すところなく答えていく千空さんをぼんやりと見つめていた。 質問の内容は微塵も分からなかったが、質問をする人たちも、その質問に楽しそうに答えている千空さんも、みんな笑顔だ。 『科学は全ての者を平等にする』 読本で読んだその言葉が、ふいに頭をよぎった。 ……ああ。 そういうことなんだ。 子どもも、大人も。専門家も、わたしみたいに何も分からない人も。みんな同じように目を輝かせて、同じ話を聞いて笑ってる。 なんだか胸の奥がじんわり熱くなって、少しだけ泣きそうになった。 「──だから、その場合はだな」 千空さんが質問者から少し視線を外し、集まった人たちをぐるりと見渡す。その視線が、ぴたりとわたしで止まった。 「……」 あれ。 こっち見てる? ……気のせいか。 いや、めっちゃ見てるな。 「……」 ほんの一瞬目が合ったと思ったら、千空さんは何事もなかったように視線を戻し、また質問者たちとのやり取りを続けた。 その場を離れてもよかったのだが、なんとなく離れがたくて、よくわからない解説とよくわからない質問を耳に入れながら近くのパネルを眺めていた。 * 「花梨テメー、サボりか」 後ろからの聞き慣れた声に、反射的に振り返る。 「あっ!え!?千空さん?」 「え、じゃねえだろ」 気が付けば人だかりはすっかりはけていた。 いつの間にか解説も終わっていたらしい。 振り返ると、先ほどまで説明に使っていたらしい謎の模型を片手に、千空さんが立っていた。 「んな時間に堂々とサボりかよ」 「えっ、いやっ、サボりじゃないですよ!?営業です!!!」 わたしは慌てて名刺を出す。 「おっ、OA機器のご用命あればと思いましてお伺いしました。営業の岩瀬と申します」 「……」 千空さんは差し出した名刺とわたしの顔を見比べる。 「ククク……カタログも提案書もチラシも持たずに営業か?アホほど雑な営業サマだな?」 「いや、えっと……近くまで参りましたので、寄らせていただきマシタ」 「ほーん……近くまで、ねえ」 「……」 名刺を受け取り、ひらひらと振る。 「で?」 「……」 視線が痛い。思わず顔を背けてしまったが、こめかみのあたりを穴が空くほど見つめられてる気がする。 「……営業を盾にして、一般公開を見に来ました」 「最初からそう言やいいだろ」 正直に白状すると、千空さんの口角が上がった。市場調査ですよ、市場調査。まったく信じてもらえてないだろうけど。 千空さんが、名刺を白衣のポケットに入れる。 「せっかく来たんなら展示見てけ」 そりゃほぼサボ……いや市場調査に来たんだからちゃんと見て回りますよ。 え?なに案内してくれるとか?いや〜、そんなわけないか。 「あ、ありがとうございます。見て回ります」 千空さんは手にしていた模型を展示台へ戻し、そのまま歩き出した。 「行くぞ」 「あれ、千空さんお仕事中じゃ!?」 「営業サマのご案内も立派なオシゴトだろうよ」 ほんとに案内してくれるやつ!?まさか石神千空ラボ案内ツアー??社食付き? ……あ!社食って一般の人も利用できるって書いてある!? えっ、気になる!!今度来よう!! 「……なんだ、社食が気になんのか」 「え?」 おん?エスパー? 「今、社食行きたいって言ってたろ」 「っ!?声に出てました?」 「ガッツリな」 えっ、心の声漏れてた??うっそ。よりによって社食。食欲が大勝利すぎる。でも気になる。行ける?今日行ける?? 「食いてえんだろ?」 「はい!!!……あっ、いや、えっと」 まって千空さん、なにその微妙な笑い。生暖かい目で見るのやめて。 絶対「興味あんだろうな」くらいしか思ってないのに、勝手にダメージを受けてるのはわたしだ。 食い意地張ってますよどうせ!! だって気になるじゃん。こんな世界最高峰の科学研究所の食堂だよ??しかもたぶん一般人も利用可能って、知る人ぞ知るだよね?わたしこんな近くに住んでて知らなかったし。 何が出るんだろう。 科学的な計算されたパーフェクト生姜焼きとか?ゴイスー美味しいオムライスとか?ゴイスー? ……いや、研究所の食堂って何が正解なんだ。想像出来なさすぎて、イメージがカップラーメンの具しか浮かばないや。 どうやら先に社食に連れて行ってくれるようで、迷いなく先へと進んでいく千空さんの背中を追う。 食堂は思っていたより普通だった。 入口で食券を買って、料理別の列に並ぶ方式だ。 日替わり定食ふたつある!お肉と、お魚だ!!どちらにしようか決めかねていると、横をこんがり焼けた鯖をトレーに乗せた人が歩いて行った。 これだ!!さば!!鯖にしよう!!!! お金を入れようとしたら、千空さんがピッとカードをかざして顎でしゃくった。 「どうせ日替わりだろ?どっちだ」 「さば!!焼き鯖です!!」 千空さんは、やっぱりな、とでも言いたげに口角を上げた。 そんなにわかりやすかった? 「目で追ってたな」 「あっ、はい……」 また漏れてたか。 焼き鯖、ポテトサラダ、みそ汁、五穀米ごはん。デザートには、やたら大きな苺。 苺がデカすぎる。なんだこれは。 「いただきます」 手を合わせ、いざ実食!!と箸をつけようとしたその瞬間、ピリリリリ……甲高い音を立て、社用携帯が鳴る。 「あっ、すみません電話が……」 「あ?気にすんな、取れよ」 千空さんはすでに食べ始めていたが、電話に気付くと箸を止めた。 「ありがとうございます」 わたしは手で「そのまま食べていてください」と促し、自分は箸を置く。 「……はい、岩瀬です」 『……』 「もしもし?」 無言だ。 しかも最近頻度が増した気がする。 あまりひどいようなら上司に報告しなければとは思っているが、とりあえず様子を見ている状態だった。 「花梨」 呼ばれて顔をあげると、千空さんが眉をしかめてこちらを見ていた。 これ以上粘っても何かあるわけではないので通話を切る。 「……」 「またか」 「……とりあえず、社用携帯なので。この間千空さんに言われてからは、勤務時間外は電源落としてます」 「その言い方はテメー、ろくでもねえヤツだろ?」 「うーん……気にしないようにしてたので」 誤魔化すようにへにゃりと笑ってみせたが、千空さんは納得いかなかったのか少し音を立てて箸を置いた。 「花梨」 「……ええっと……戻ったら上司に報告します」 「端折んなよ」 「はい……」 一口食べる。おいしい。ちゃんと、おいしい……なのに。 『端折んなよ』 千空さんの言葉が、何度も頭の中で反芻される。さっきの無言電話。千空さんの言葉。 おいしいはずのご飯なのに、なかなか喉を通らない。 さっきまであんなに気になっていた大きな苺も、もうどうでもよくなっていた。2026/07/23