前回までのあらすじ!
大変大変!家のドアに黄色いテープで規制線が貼られちゃった!そのせいでわたしとミニトマトは家無し生活を余儀なくされることに!!このままホームレス会社員とホームレスミニトマトになっちゃう!!現金通帳印鑑の隠し場所はいったいどこなのか!社宅に部外者は住めるのか!?半日の家無し生活の末にミニトマトが見たものは!?感動の最終回!?
2026/06/11
【10】また明日
昼間は暑くて溶けそうなのに、朝晩は薄手の上着が欲しくなってきたそんな頃、わたしの入居日が決定した。 引っ越しと言っても、ミニトマトは既に入居済みだし、わたしの荷物なんてキャリーケースと段ボールひとつだけ。 最初ミニトマトは千空さんの部屋のベランダに置く予定だったが、エレベーターに乗る直前になって、わたしが自由に世話できないことが判明。 自由もそうだが、そもそも偉人の部屋にズカズカ入り込む勇気はない。 よく踏みとどまった。自分で自分を褒めてあげたい。 エレベーターの乗り口でゴネまくった……いや、相談の末、社宅の入口近くに置かせてもらうことになった。これなら誰にも迷惑かけずに収穫できる。 ただ巨大過ぎて、通る人みんなが見上げてしまうだけだ。 理系ばかりが揃った社宅なおかげか、わたしが数日通えない間に謎の肥料が足されていたり、やたら強固な支柱が組まれていたりと、アイツはアイツで高待遇のようだった。 そんな毎日わたしに圧を掛けてきたミニトマトも、最近ずいぶん元気がなくなってきた。別れが近い。キミのことは忘れないよ。 ……大丈夫、すでに隣には社宅のおじさんから「ついでに育ててよ」と譲り受けた、秋採りの枝豆が待っている。 仮住まいにしていた駅前のホテルは、最後の支払いが笑っちゃうほど安かった。 このままホテル住まいでも良いくらいの安さに、フロントで三度もほんとに??と、聞いてしまった。 どうやら千空さんが掛け合ってくれていたらしい。感謝しかない。 あの枕はフロントで販売していたので買った。 契約書には事前にサインを済ませてあったので、当日はカードキーだけを渡される。挿し込む鍵ではなくて少しホッとした。 2階の真ん中がわたしの部屋だ。 荷物はキャリーケースと、ホテル住まいの間に増やした服の段ボールだけなので、家の中に入っただけで引っ越しは完了だ。 管理人さん曰く、ペットは不可だが、野菜はOKだそうなので、来年は思い切ってきゅうりを植えたい。ツタがやばそう。 グリーンカーテン程度で済めばいいが……仮に千空さんにアドバイスなんて貰おうものなら、トマトの件を考えても無理な気がする。 きゅうりの館にならないよう気を付けたい。 真っ先に窓を開けてベランダに出る。 少し身を乗り出せば社宅の入口にあるミニトマトの巨木が見えた。 「よし!!」 なにがよし!なのか自分でもよく分からないが、よしはよしなのだ。 一度内覧はさせてもらったが、こうやっていざ荷物を持って入ってみると、この社宅の部屋は広い。 どの部屋も同じ間取りだと聞いているので、家族で入居できるようにゆとりを持たせているのかもしれない。 駐輪場には可愛らしい自転車や三輪車も停まっていて、そのうち子どもの声も聞こえてきそうだった。 家具家電付き、トイレ風呂別、ベランダ広め、陽あたり良好。 これで家賃は前のアパートの半分だった。いいのか!?本当にいいのか!? 荷解きをしていたら、ピンポーンとインターフォンが鳴る。 はいはいと確認すると、最近ずいぶん見慣れてきた白菜が居た。 「んヒィ!!千空さん!?」 『終わったか?』 「いいいい今開けます」 見慣れてきたのと、本人に慣れてきたかどうかは別の話だ。 慌てて玄関扉の鍵を解除する。 「オハヨウゴザイマス」 「もう昼だがな。荷物の搬入終わったのか?」 「アッ、ハイ、キャリーケースと段ボールひとつだけなんで」 ……上げるべき?立ち話も何なのでって上げるべき?えっ、石神千空を??家に上げるの?? でも玄関先のままでってわけにもいかないよね?? 「オチャでもドウゾ?」 「あ?んな気使うな。様子見に来ただけだ」 そして千空さんが「やる」とコンビニの袋を差し出す。 「なんです?」 「昼に食え。引っ越し祝いだ」 受け取り中身を見るとレンジで温める蕎麦が入っている。 「引越し蕎麦って、ふつうわたしが配る方では?」 「別に誰から提供されようが腹に入れば同じだろ」 「そりゃそうですけど」 すると千空さんが「あ」と声を上げた。 「ちょっと待ってろ」 そう言って踵を返し、フロアの廊下を歩いていく。 ちょっと待ってろと言われても、扉を開けて待つのか、閉めて待つのか、どうすりゃいいんだ。 一度閉めてみたものの、また来るのか?と、もう一度開ける。 しかたなくドアが閉まらないように、身体を挟めた状態で千空さんを待っている。 「なんで挟まってんだ」 戻ってきた千空さんが、呆れたように言った。 「いや、どの状態でちょっと待てなのかわからなかったので……」 「普通に部屋で待ってりゃいいだろ」 「ですよね」 ほら、と差し出されたのは見覚えのある保存容器だった。 「あっ、タッパー!」 「洗ってある。長らく借りてて悪かったな」 「わざわざありがとうございます」 受け取ろうとすると、千空さんはふっと口元を緩める。 「また漬けたら食ってやる」 「またですか!?ミニトマト専用タッパーになってるじゃないですか!?」 「まだ採れんだろ」 「採れますけど!……もう漬けるほど採れるかなあ」 よほど気に入ったのだろうか。 残念ながらミニトマトはそろそろ終わり。次は枝豆だ。塩ゆでにしたらお裾分けしようと思う。 「じゃあな」 そうこうしてるうちに千空さんが立ち去ろうとする。 「あ!なにからなにまでありがとうございました!」 深々と頭を下げる。 「また明日」 片手をひらりと上げ、エレベーターで帰って行った。 「……また明日、か」 ぽつりと呟く。 石化から復活してから「また明日」なんて言葉を交わしたことがあっただろうか。 「……また明日」 そうつぶやいて玄関の扉を閉めた。 夏編・完 秋編へつづく2026/06/11