前回までのあらすじ! お腹の痛いおじさんと救急外来でお世話になったわたし!おじさんは「牡蠣が……牡蠣が」と唸っていたので食あたりかも?お大事に! ホテルのアメニティセットで顔のリセットは完了!でも再構築することができないのは不便だよね!?どうする!!どうするわたし!!

【9】ミニトマト!信じてるぞ!

爆睡だった。 こういう時は気が高ぶって眠れないパターンじゃないの?ぐっすりだったよ。 だって枕めちゃくちゃ寝やすかった。なにこれ世界の東川?……ちがった普通にふとんの七海って書いてある。 買える?買えるかな。これすごく良い。 通勤の人たちが忙しなく歩く様子をベンチから眺めていた。 まだ朝だというのにアブラゼミがジージーとやかましく鳴き出している。 千空さんに連絡し、待ち合わせにしたのは近所の公園だ。 会社には怪我でしばらく出勤できない旨をはなしたので、その間に色々なことを済ませようと思う。 そもそも勤務日の帰路で、家の前まで着いたが家の中に入っていない場合の怪我は労災になるのか、ならないのか。いや、事案を探す総務がかわいそうだ。家の扉は開いてしまったので帰宅後の扱いになるかもしれない。不慮の怪我ということで、黙っておこう。 「待たせたか」 「おはようございます、待ってないです」 白衣をはためかせながら千空さんがやってきた。しかも赤マント付き。ごりっごりの博士モードじゃないか。しかも、なんか手にいろいろ持ってるな。 「……事件じゃないですよ?」 「事件みたいなもんだろ」 指紋でも採取する気か!?どうあがいたってぼっち暮らしなのだ。わたしと、侵入していたあのクソの分しか出ませんよ。 ちなみにスッピンだったが、千空さんは特になにも突っ込むことなく会話してくれていた。眉毛がマロってるけどね。前髪のカバー力に期待したい。 家に着いて愕然とした。 規制線だ! わたしの家の扉に、黄色い規制テープが貼ってある!! 「うわ……事件だ……」 「だから言っただろ」 大家さんや警官と千空さんが話している。 クソに投げつけたカバンは、誰かがきれいに拾ってくれたらしく女性の警官が渡してきてくれた。中身は財布も含めてどれも欠けていない。ただボールペンは数本が割れていた。予備の予備の予備まで入れていたせいだ。次は2本までにしておこう。 テープを剥がし中へ入れてもらうと、家の中は荒れ放題だった。 点きっぱなしのエアコンのせいで部屋はヒヤリとしており、家の中の不気味さが増していた。 チェストの中身はすべて出され壁に向かって投げつけられていて、棚の本も、かわいい雑貨もすべて床へ散らばっている。 どうせお金が無いか探したんだろう。クソのやりそうなことだ。というか、石化前にもやられているので、ヤッパリネとしか出ない。 「どうする?」 床のものを足で退けて踏み場を作っていると、千空さんが部屋を見渡しながら話しかけてきた。 「全部捨てます」 「そうか」 いらない!なにも!捨ててしまおう!全部だ全部。頭の中ではマイ断捨離ソングがぐるぐると回り続けている。 「お金とか通帳はあいつが絶対わからないところに隠してあるので、それだけ確保したら処分できる業者の手配をお願いしたいです」 「わかった」 「あ、そうだ。もうひとつ」 わたしはベランダに面したカーテンを思いっきり開ける。 「ミニトマト!!この子は連れていきたいです」 ベランダには上の階の天井に当たって首を傾げたミニトマトが2株、堂々と鎮座している。 「……でけえな」 「リン酸肥料……科学のちからですよ」 「ハッ!やるじゃねえか」 千空さんが声を上げて笑った。 * 現金・通帳・印鑑を無事回収し、ミニトマトを運び出す。 デカいうえに重たい。 最初千空さんが持とうとしてくれたが、とても見てられなかったので結局自分で運んでいる。成人男性が、手を怪我してるわたしよりも非力とは、これいかに!? 「処分業者は大家が手配してくれるとよ」 「ありがたいです」 「あと持って行くものねえのか」 わたしの手元には巨大なミニトマトのプランターと、キャリーケースがひとつだけ。 「最低限の着替えと化粧品さえあれば、あとはいらないかなって。触られた気配のあるものとか気持ち悪いですし」 「それもそうか。ならあとは不動産か……」 「できれば家具付き家電付きとかだと良いんですけど……」 「家具家電付きなあ……」 石化前なら当たり前にあった物件だろうが、この現在復興まっただ中の物件でそれは絶望的か。 家電だけでも運び出すべきだったかと考えていたところで、千空さんが「あー」と声を上げる。 「ラボの社宅が空いてんな」 「はい??」 「家具家電付き。まあ、前の住人が置いてったモンだ」 Q,社宅とは A,企業が従業員のために確保・提供する住居のことです。 「いやラボの社宅なんですよね?そこで働く人用!!わたし部外者!!」 「責任者が良いって言ってんだから問題ねえだろ」 「責任者!?いつの間に??」 「今」 今??? 「え?責任者って?」 「あ?俺のラボだからな、俺のラボの社宅だろ」 総責任者本人!!! 「社宅だから家賃もあのアパートよりは安いと思うぞ」 服やらなにやらほとんど手放すのだ。これからすべて買い直すために、飛ぶように金が消えることを考えると、家具家電付きでさらに家賃の負担が減るのは美味しすぎる。 「駅にも近くなる」 決定打!!! 「よろしくお願いします!!」 即答するしかない。駅チカ、格安家賃、責任者は世界的な信用度が桁違いの偉人だ。断る理由がない。 「管理人と話付けるまで少し時間かかるぞ」 「全然OKデッッッス!!」 呆気なくわたしの家無し生活は終了することになった。家無し生活、わずか半日くらい……はやい、はやすぎる。 大家さんの好意で台車を借りた。 ミニトマトを乗せ、ごろごろとやかましく鳴らしながら、千空さんと社宅まで歩く。 じりじりと太陽が照りつけ、上からの熱と、アスファルトからの照り返しで倍暑い。 頬の絆創膏が汗で少し浮いてきた。早く剥がせるくらいには治ってほしい。 台車はわたしが押し、千空さんはキャリーケースを転がしていたが、汗だくなのはわたしだけで、マントに長袖白衣の千空さんは涼し気だった。なんで?あの白衣、冷感素材なの?マントは宇宙的な素材とか? 「ラボも結構駅に近いですよね?社宅が駅チカってことは……ラボの近くなんですか?」 「あー、近ぇな。つーかそこだ」 わたしのアパートから歩いてわずか10分ほどで、千空さんが指をさす。 「は???近っっっ!?」 「だから言ったろ駅が近えって」 「いやそっちじゃないですよ!わたしのアパートから近いってこと!」 毎日、この建物の前を歩いて通勤していた。なんなら、こんな駅チカ物件住んでるの羨ましすぎるう!と、眺めて歩いていたくらいだ。 まさか千空さんのラボの社宅だとは。 ごろごろと鳴る台車を止め、ミニトマトと一緒に建屋を見上げる。 「これが社宅……」 「普通だろ」 「いやうちのアパートよりずっと立派ですよ……」 「そうか?龍水がゼネコンのモデルだのなんだのって勝手に建ててたからな。中入ればどれも同じだ」 しれっと龍水とか言ってるけど、それってあの七海龍水のことだよね??出てくる人物の知名度がパネェ。 コハクさんだってファミレスで会ったあとに何気なく復活読本を見たら、ガッツリ千空さんと月に行った宇宙飛行士で写真まで付いてた。宇宙飛行士が警官って、なにがどうなってそうなるんだ。 そんな千空さんは勝手知ったる様子で中へ入っていく。 「早く来い。この炎天下のなか動かしたんだ。早くしねえとさすがに枯れるぞ」 「えっ、ちょっ、え??」 ミニトマト!!信じてるぞ!!! 「とりあえず入居するまで、俺の部屋置いときゃいいだろ」 「あれ?千空さんもここ住んでるんですか?世界の偉人が社宅??」 「ラボ近で寝られりゃ社宅で十分だ」 どぅえっへーーー! おまえも居住しとったんかーい!!そりゃ遭遇率高いわけだよ!!! やたら会うなあとは思ってたけど、ラボ近いからな、で済ませてたよ!ラボどころか住まいも近かったんかい。 一般人への個人情報開示が過ぎる!大丈夫!?大丈夫なの??事務所通した!?事務所なんてあるのかわからないけど!? というか!わたしがここに引っ越したら、ほんとのほんとに、ご近所さんじゃん!!!!

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