前回までのあらすじ!
他人の鍵を勝手に複製して部屋に入るの、普通にアウトですよ?クソオブクソな村人A様にはご理解いただけないかもしれないんですけどね!!
しょうがない。言葉が通じない異世界人みたいなもんでしょ?おかえりください!はいっ、解散!!まっすぐ帰れよ!
【8】大丈夫だ
人生ではじめて救急車に乗った。
すごい、なんか色々ついてる。大したことないと思ってたのにストレッチャーに乗せられてあれよあれよという間に固定されて運ばれた。
しかも千空さんが付き添い。
正直、どっちが救急隊員か分からないくらい指示飛ばしてる。アンタなんやねん。的確すぎんか?科学者って医療も範囲なの?まあたぶん、こんなマルチな科学者なのはこの人だけだろうな。そんなことを考えながら救急車に揺られていた。
いつの間にか日はどっぷり暮れていた。
運ばれた救急外来は、今日はさほど混んではおらず、ケガの処置を受けたわたしと、もうひとりお腹の痛いおじさんが居るだけだった。
千空さんはなにやら電話しながら外へと出て、この場にはいない。
頬と、両手のひら、両膝が見事に擦りむけている。
特に両膝の出血がひどく、起き上がる際に膝を見た千空さんが慌てたほどだ。
「少しは落ち着いたか」
「……まあ、たぶん」
ウソではない。千空さんを見た時点で、気持ちはだいぶ落ち着いた。
なんとかなるかもしれないという安心感ハンパなかった。まだ出会って間もない人なのに。
「めっぽうかわいい顔だったのに、これは痛々しいな」
千空さんの後ろからひょっこりとコハクさんが顔をだすと、わたしの頬を見て顔をしかめた。
大げさなくらいに大きく貼られた不織布の絆創膏が片側の頬全体を覆っている。
痣はコンシーラーでなんとかなったが、生キズの場合はどうやって化粧をすれば良いのだろうか。先ほど行ったトイレで、鏡を見ながらそんなことを考えたところだった。
「あの男は私がちゃんと捕まえて放り込んであるからな。安心しろ」
「ありがとうございます」
お礼を言って、はたと気づく。
あまりにもタイミングが良すぎではないか?
あんなに肩で息していた千空さんも、言葉の通り飛んできたコハクさんも、ドラマじゃあるまいし、あんな都合よくあの場に居合わせることなんてあるのだろうか。
じっと、千空さんを見上げる。
「なんだ?」
「いや、あの……なんであの場に?」
気分は、YOUは何しにと書かれた赤いマイクを持ったインタビューアーの気持ちだった。
YOUは何しにあの場所へ?返答次第では密着取材が始まるのだ。YOU!!
「……ファミレスで話した日から、コハクらがあのヤローを監視してた」
「ハッ、呆気なく見つかったぞ。花梨の家の周りに毎日いたからな」
「毎日!?」
日参か。多すぎるだろう。暇なのか?あのクソは暇だろうな。
「しばらくはこれといった動きがなかったからな、監視するだけに留めていたが……ここ数日、監視担当が撒かれ始めてな。今日はついに朝から消えた」
「……」
「慌てて朝から皆で探していたが、男は見つからなくてな」
「テメー見付ける少し前にコハクから連絡もらって、とりあえずテメーだけでも確保するかって探し回ってたんだ」
ぞわりと背中が粟立つ。
撒いていた間に家を特定し、鍵を作り、今朝わたしが出勤してから、帰るまでずっとあの家に居たのだろうか。
小刻みに震えだしたわたしの肩を、コハクさんがそっと抱いてくれた。
「怖かっただろう、よく頑張ったな」
千空さんも反対側へ回り込み、わたしの右隣に腰を下ろした。
「大丈夫だ」
その言葉を聞いた瞬間、張っていた糸が切れた。
ポロリと、雫が落ちる。
滞っていたものが溶け出すように、大粒の雫がポロポロと落ちた。
「……ぅッ」
怖かった。
そうだ怖かったのだ。
あの日からずっと……いや、石化する前から。
助けてもらえる人なんて居なかった。助けてくれとも言えなかった。
でも、終わった。
あの時は、腫れた腕だった。今日は擦り傷だけで済んだ。
生き延びた。やっと解放される。
「うっ…うう……」
コハクさんがゆっくりわたしの背中をさすってくれた。
ふたりはわたしが泣き止むまで、ずっと側に居てくれた。
*
しばらくして、コハクさんはもうひと仕事してくる、と颯爽と駆けていった。
家に帰る気にもならないが、いつまでも病院に居るわけにもいかない。
病院の自動ドアをくぐり抜けて外に出ると、外はすっかり夜の帳が下りていた。もう時間は深夜に近いのだろう。
荷物は全部投げ捨てていたのでわたし自身はスマホ以外まったくの手ぶらだ。なにやら手続きを済ませてくれた千空さんが、病院の名前の入った封筒だけを持っていた。
「ホテル取ったから、今日はそっち泊まれ」
「え?」
「帰れねぇだろ」
まあ、帰れない。というか帰りたくない。
家の中がどうなっているのかも気になったが、それよりも勝手に鍵を開けられ、家の中に侵入されていた気持ち悪さのほうが勝ってしまう。
「ありがとうございます」
ありがたくその言葉に甘えることにした。
千空さんの取ってくれたホテルは、RYUSUIの看板が輝く、全国各地駅前では定番のビジネスホテルだ。
チェックインの手続きを済ませエレベーターホールに着くまで、千空さんはずっと後ろをついてきていた。
「ここで大丈夫です。あとエレベーター乗るだけなので」
「あァ」
病院の名前が入った封筒を渡される。
「診断書だ。後で必要になるだろうから持っとけ」
「はい」
受け取りエレベーターのボタンを押す。
それじゃあ、と言いかけたところで千空さんが言葉をかぶせてきた。
「明日」
「はい?」
「明日アパート見に行くとき、呼べ。付き合う」
ありがたい限りだ。とても一人で見に行く勇気はなかった。誰かに頼もうとは思っていたが、さすがに事情を知らない人には頼みにくい。
復活後に築いた関係などまだまだ浅いものばかりで、最悪、交通費と日当を渡して付き添うだけ系の人をSNSで依頼しようかと思っていたほどだった。
〈依頼内容〉
元カレでストーカーの男(逮捕済)に侵入された家の現状を見に行きたいので付き添ってください!
※日当1000ドラゴ、交通費有、最寄り駅有
……重すぎる。依頼されたほうが頭を抱える様子しか浮かばない。
「よろしくおねがいします」
「起きたら電話しろ。とりあえず今日はさっさと寝ちまえ」
「はい。ありがとうございました、おやすみなさい」
ポーンと音を立ててエレベーターが到着した。
箱に乗り込み、ぺこりと頭を下げると、千空さんはひょいと手を挙げた。
カードキーで部屋を開け、中に入るとすぐにドアチェーンを掛けた。
部屋の真ん中に鎮座しているドレッサーで自分の顔を見ると、頬の絆創膏が気になるだけでなく、ひどく疲れた顔をしている。
両手両ひざが痛い。パンツスタイルじゃなくてよかった。足どころか服もダメにするところだった。まあ至る所に血が飛び散ってはいるのだが。
そして改めて気付いた。手ぶらだ。
所持品は診断書が入った封筒と、かろうじてポケットに入れたままだったスマホのみ。化粧ポーチなし。
……明日、スッピン確定じゃ?
〈急募〉
画像補正アプリ リアル顔への貼り付け技術
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