春編【5】逐一報告してこい <2>

外に出ると、深夜の駅前特有の少し濁った空気の匂いがした。 ふたりで深夜のファミレスを後にする。 先ほど足が進まず入りそこねたネカフェを通り過ぎる。 さっき一人が嫌で泣きながら走り抜けた道が、帰りはちゃんと一人ではなくなっていることが不思議で。 でも、うれしかった。 安心すると急に現実が見えてくる。 「早くお風呂入って寝なきゃ……」 「今から寝て起きられんのか」 「いや少し仮眠しないと、明日……もう今日か……展示会なんです」 人の集まるイベントといえば!で有名なあの会場で、何百もの企業が集まり自分の会社のウリをアピールしていく展示会。 弊社にとって年に一度のビッグイベントは新規顧客大量ゲットのチャンスなのだ。 営業たちは最前線で足を止めてもらうためのアピールと、説明と、案内と、ほぼ営業が営業をしまくる営業イベントと言っても過言ではない。 「さっきまでパンフに訂正シール貼ってて。ヘロヘロだし、ドロドロだし、さすがにちょっとくらい寝ないと、たぶん今日も休憩とかないし」 今日が初日。しかも全部で3日間もある。 「たしかに、三徹くらいが限界だな」 「いや、普通の人は一徹すら限界ですよ?」 そんなどうでもいい会話をしながら、社宅への道を歩く。 進んだ先にコンビニが見え、ピクリと身体が反応する。 それを千空さんは見逃さなかったらしい。 背中に軽く手が添えられる。 「こっちだ」 そう言って、促されるように一本隣の道へ曲がった。 背中の、手を添えられた場所がやけに熱くて、意識が背中に集中する。 社宅に着く頃にはコンビニのことなんてもうどうでも良くなっていた。 * 「ありがとうございました」 律儀に部屋の前まで送ってくれた千空さんに、小声でお礼を言う。 偽装彼氏を受けてくれたこと、迎えに来てくれたこと、送ってくれたこと、すべてへのお礼だ。 「ひとまず何かあれば連絡しろ……あ゙ー、ちがうな……」 「はい?」 「テメーはそれだと、限界まで連絡してこねえだろ」 顎に手を当て、千空さんは一瞬なにか考える素振りを見せる。 「朝昼晩、何やってっか逐一報告してこい」 朝昼晩?多くないか!? しかも報告??え、なに、偽装彼氏……いや千空さん側から見たら偽装彼女?彼女じゃなくて観測対象みたいになってない? データ化されるやつ?円グラフとか棒グラフとか、パワポでまとめられて朝の会議で報告されんの!? 「っ、多くないですか?」 「そうでも言わねえと、テメーは連絡してこねえだろ。定期報告にしたほうが安牌だ」 まあ、そりゃ、そうだ。 なにかあったらの“なにか”ってどこまでを指すのか線引が難しすぎる。 「そんなにネタないですよ」 「食事は確実にすんだろ。その時食ったメシでもいい。SNS投げるくらい軽いもんでいいから送ってこい」 「へんふよ感覚で?」 「返せる時は返す」 oh……壁打ち相手が石神千空。やたらデカくて厚い壁だな。ダムかな。 「まあ、返せねえ時も多い。なるべく夜に寄る。そん時まとめて突っ込んでやるか」 「ありがとうございま、す……?え?」 なるべく夜に寄る? 「彼氏だからな。彼女サマの家で、飯くらい食うだろ」 ん?なに言ってんだこの人。 「か、彼氏!?偽装ですよ!?」 「偽装だろうが彼氏は彼氏だろ」 なにこれどういう展開?? いやわたしてっきり偽装彼氏って、ちょっとおデート一緒にうふふあははしながら出かけるアピールみたいな、アピール専門カレカノかと思ってたんだけど? 夜来る?毎晩?あれ?なんか、思ったより内訳濃くない? ……ん?待てよ。 夜に寄る?彼女サマの家で飯食う? 「……もしかして、夕飯……?」 「食費なら出す」 シェフ扱いっ!!いや、いいけど!1人分も2人分も変わんないけど!! どうせそんな事だと思ったよ!!あービックリした。毎晩会いたいって言われたのかと思った。 ……でも、そっか、なにかイベントがあるわけじゃなくても、誰かとごはん食べれるんだ。 「酒代も出すぞ」 はい来た決定打!! 「よろしくお願いしますっっ!!」 晩酌は発泡酒じゃなくて、ビールも可能ですか!?俄然やる気が湧いてきたぞおお!! ……というか、偽装彼氏どころか普通の彼氏だって、こんなに毎日会うものだったっけ? <<< 1page
2026/08/01

▲back / ▼top