前回までのあらすじ!
祝!彼氏爆誕!!偽装だけど!!
『なんとなく告白されたから付き合ってみたけど、彼氏ってこんなもん?』ってラノベのタイトルみたいなお付き合いと、記憶から消した村人Aくらいの経験しかなくて、偽装恋愛?の参考資料としては著しく信頼性に欠けるから聞きたいんだけど。
一般的なカレカノは毎日会うものなんだ?って、誰に聞いてんだよ!
あー、でも餃子とか、ちょっとたくさん作ったときは、一人より二人のほうが消費できていいよね。そもそも餃子は餡と皮のバランスを考えてつ(以下略)
春編【6】彼ピッピとか。ナイナイ <1>
「さっき人多くてヤバかったですね」
「すごい人数だった……」
「いやこれ、人類全員復活した?ってくらいこの会場集まってるよ……」
展示会は大好評開催中である。
たまたまタイミングが重なりまくって、怒濤の人数が押し寄せた。
それを捌き切ったあとの営業たちは死屍累々。部長の差し入れでもらった炭酸飲料が胃に沁みる。
「寝不足にはハードスケジュールすぎます……」
ファミレスから社宅に戻って、結局寝られたのは1時間程度。
アラームを止めてスマホを見れば「起きたか?」というモーニングメッセージが届いていた。受信時間は、アラームのほんの少し前。
ぼんやりする頭では文字を打つ元気もなかったので、犬が転がりながら「OKです」と文字を出すスタンプだけ送る。
即座に既読になるが、返事は特にない。
……ん?なんかナチュラルに返信したけど誰からのメッセ……
どぅあーーー!石神千空って書いてある!!千空さん!?
なんで!?こんな朝から!?えっ起床報告?えええっっっ!?
ひとしきり慌てふためいたところで数時間前のことを思い出す。
……あっ。そうだった、偽装彼氏お願いしたんだった……。
『朝昼晩、何やってっか逐一報告してこい』
翌日から有効なんだ。しかもわたしから報告じゃなくて報告誘導パターンもありってこと?いやわかんねえ。パターンマニュアルください。
ぼんやりと「起きたか?」の文字を眺める。
画面の左上の時計が目に入った。
やばい!!時間!!
布団から飛び起きた。
*
「昨日はお疲れちゃんだったね〜」
「1人減り2人減り、最後は3人でしたからね……もう修正シールに指紋持っていかれてツルツルですよ」
寝不足の原因は修正シール残業だけではないわけだが、そんなこと同僚に言う必要もないかと思い、それ以上は話さなかった。
ましてやМコーポレーションなんて、取引先ド真ん中すぎて、ほんのちょっと話しただけで最後はどんな大騒ぎになるかわかったもんじゃない。
過敏になってるのはわたしだけで、向こうはこれっぽっちも気にしておらず、本当に偶然が偶然重なりまくっている可能性だってあるのだ。不用意な話はしない方がいい。
「岩瀬さん、出られる?」
「はい?」
死角になるように作られた裏のエリアで休憩を取っていたわたしを、上司が呼ぶ。
「Mコ、来てるよ」
その言葉に、心臓がどくりと鳴った。
「……はい、今行きます」
噂をすればなんとやら……でもMコの担当はわたしだ。嫌でも行かねばならない。
重い腰を上げ、手に持っていた炭酸飲料のペットボトルを置いた。
*
「すみません岩瀬さん、休憩中でした?」
髪がくるくるとした男性が微笑んでくる。
「あっ!山田さんでしたか!わざわざありがとうございます」
やった!!身構えてたあの人じゃない!!
本来Мコの人と言えば彼だったのだ。物腰やわらかで、見た目はどう見ても大学生なのに、年齢はわたしよりもずっと上だと言っていた山田さんがニコニコと立っている。
「すごい人ですね」
関係者向けの初日でこれだ。
一般参加が入る明日以降どうなってしまうのだろう。
「はい、びっくりするくらいで……わたし復活してこの会社に入ってから参加し始めたので比較が出来ないんですが、旧世界でもこうでした?」
「私は旧世界でも同じような業種でしたから、何度か展示会も来てますが……ここまでの人混みは、ないですよ」
そうなんだ。見渡す限り人、人、人、の会場を山田さんが少しうんざりしたように眺めている。
まさにすし詰め、いや、芋洗い?……あー、お腹空いてきたな。お昼食べられるかな。
「もう一人連れてきてるんですが……はぐれちゃったな」
「もう一人?」
「ええ、展示会の経験がないっていうんで、連れてきたんですよ」
「へえ……」
山田さんがキョロキョロと会場内を見渡すが、目的の人は見当たらないようだった。
「ここに寄ることは知ってるから、そのうち来るかな。あ、ちょっと御社の課長にご挨拶してきますね」
「はい」
それじゃあ、と会釈をし山田さんはわたしの上司のもとへと行く。
山田さんの背中を見送ると、ふう、とひと息ついた。
それにしてもすごい人だ。通路側に置いたパンフレットも順調に減っているし、修正シールを貼りまくった甲斐があるというものだ。
わたしの指紋と睡眠時間ははだいぶ削られたのだけども。
頼むよ!弊社を是非ご贔屓に!!
少し崩れたパンフレットを揃えようと、通路に背を向けたその時だった。
「花梨ちゃん」
「……!?」
耳元で囁かれた声に、思わず耳を抑えて飛び退いた。
「……なんで」
「昨日ぶり。あのあと、ちゃんと寝た?」
先ほどまであれほど警戒していた、山田さんではないMコの人、その人だった。
完全に油断していた。
ましてや後ろから、これだけの人混みで、背中に目があるわけでもなく、警戒できるわけがない。
心臓がどくどくと鳴っている。
「あれ?山田さん来てない?展示会来たことないからさ、一緒に連れてきてもらったんだよ」
Mコの人はわたしの反応など気にもしてないように、今整えたばかりのパンフレットを手に取る。
「働いてる花梨ちゃん、背すじ伸びててかっこいいね」
また名前で呼んだ。
やめて。
「……あの、名前……名前で呼ぶの、やめてもらっていいですか?」
「大丈夫大丈夫、これだけ雑音多ければ会社の人にも聞こえないよ」
いやそれが問題なんですよ!!なんで当たり前みたいに名前で呼ぶの??
あっ!しかも名刺!わたしの名刺だけ手に取るのやめて!!
対応時にすぐ渡せるようにと、営業の名刺は通路側に揃えて置いてある。
その中から迷いなくわたしの名刺だけを手に取ると、Mコの人はクスリと笑った。
「社用携帯の番号変わってるね。変更しておかなきゃ」
あの無言電話が、彼だと確定したわけではないが、このゾッとするような寒気は気の所為だけではない気がする。
「だ、代表に頂くのが一番確実ですよ」
「せっかくだからプライベートの方も交換しない?」
プライベート!?いやいやいや、勘弁して。
「ちょっと、それは、困りますね……」
わたしの返事を聞くと、Mコの人は嬉しそうに頷いた。
「うんうん、合格合格。女の子が私用なんて下手に教えたらだめだからね」
いやまてまて、なにが合格なんだ、なにが。
裏に戻る通路を塞がれ、裏へと逃げ込む事もできず。
Mコの人以外にもお客様が居るため、大きな声も上げられず。
取り引き先という相手の立場上無下にすることも出来ず。
……どう考えても詰んでいる。
「それでさ……」
Mコの人はわたしの名刺を一度眺めると、やたら丁寧に革の名刺入れへ仕舞った。
「花梨ちゃんの彼氏ってどの人?」
「え?」
どの人?
……あ、もしかして。昨日、彼氏が居るって言ったから、同僚たちの中に居ると思ってる……?
違うな。これ、探ってるのかも。
彼氏を紹介してほしいんじゃない。 「本当に彼氏なんて居るの?」って、確認してる。
「……今は、居ないか」
「えっ、だれが……」
「ん?花梨ちゃんの彼氏かな?って人。青いシャツの彼かと思ったけど」
今日青いシャツを着ていた、ぬんぬん好きの同僚のことだろうか。
「花梨ちゃん、彼と笑顔で話してたからさ」
「……それは、同僚ですから」
しかもその同僚は少し前に、追加分を持ってくるために会場を離れている。
いつから見てたの……?
「気になる。花梨ちゃんの彼氏。教えて?」
ずい、とМコの人がわたしの顔を覗き込んできて、あわてて距離を取る。
近い近い近い!この人パーソナルスペースとかないの!?さっきから地味に距離近い!!
離れようとしてもさり気なく服が触れそうな距離詰めてくるの怖すぎる。
えええ……!?どうしようどうしよう。
距離を取ろうと少しずつ後ずさりするが、無情にもトン、とブースを支える単管パイプに背中が当たる。
やばい。“もうあとがない”ってこういうとき使うんだ!?
いや!そんな場合じゃない!やばいほんとに詰んだ。
どうしよう!?
周囲では営業たちの呼び込みや商談の声が飛び交っている。
誰もこちらなんて見ていない。
助けを呼びたくても呼べない。
Mコの人が、ふと手を伸ばした。
「……」
わたしの髪へ向かってくる指先に、思わず身体が強張る。
避けたい。
でも、もう後ろには単管パイプしかない。
その時だった。
「あ、やっと来た、迷子!」
課長と挨拶をし終えたらしい山田さんが、先ほどと同じように笑顔でやって来る。
その声にМコの人は、何事もなかったかのようにスッと腕を下ろし、わたしから距離を取った。
「山田さん、ひどいですね。初参加のヤツ置いていくなんて」
「やーごめんごめん。あ、岩瀬さんとも挨拶終わった?」
山田さんがわたしとМコの人の顔を交互に見る。
「岩瀬さんとは前にも顔合わせしてますよ」
「あれ?そうだっけ」
「冬の終わりくらいに、ね?岩瀬さん」
「……そう、ですね」
「じゃあ紹介も済んでるね。そろそろ次行こうか」
「はい」
山田さんに促され、Mコの人は素直に頷く。
「それじゃ、またお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
歩き出しかけたその足が、わたしの前で一度だけ止まった。
「今度、彼氏紹介してね」
耳元でそっと囁く。
それだけ言うと、何事もなかったように山田さんの隣へ戻っていった。
営業スマイルを浮かべたままふたりの背中を見送る。姿が人混みに紛れて見えなくなった瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
「っ、はぁ……」
足から力が抜ける。
その場にしゃがみ込むと、さっきまで早鐘を打っていた心臓が、ようやく息をすることを思い出したようにどくどくと鳴り続けていた。
2page >>>