春編【6】彼ピッピとか。ナイナイ <2>
ふらふらと休憩ブースに入ると、同僚がわたしを見て立ち上がる。
「やだ!大丈夫?顔真っ青!!」
「……座れば、大丈夫です」
疲れた。寝不足に、人混みに、極度のストレスに。
胃に穴どころかブラックホールでも空いているかもしれない。いやそれだと大食い王になるだけか。
ドサリと椅子に座り込み、目の前のテーブルに突っ伏す。
あぶなかった。
あのとき山田さん戻ってこなかったらどうなってたのだろう。
髪に触れようとするかのように伸びてきた手を思い出し、ぶるりと身震いする。
「どう、お弁当食べれる?」
同僚が、お茶と会社から提供された仕出し弁当を横に置いてくれた。
「もうちょっとノビたら食べます……」
お茶だけでも飲もうと起き上がるが、手が震えてうまくペットボトルの蓋が開かなかった。
「……あ」
蓋を握ったまま数秒止まり、 諦めて再び机に額を付ける。
食欲はないけど、お腹は空いている。
そんな矛盾した事を考えているとポケットでスマホが震えた。
そういえば忙しくて朝からスマホを見ていなかったなと思い、取り出す。
『定時報告』
……なに?
プレビュー画面に出ている文字を見て首を傾げた。
トントン、と小さな音を立てながらパスコードを入力しメッセージアプリを立ち上げる。
石神千空の文字の横に、赤い未読バッジが付いていて、そのままそのバッジを押す。
『定時報告』
見間違いじゃないな。4文字だけ……なんだこれ。
このあとレポートでも送られてくるやつ?
シュポッと小さな音を立てて画像が送られてくる。
……ラーメン?
ラーメンの画像だ。オーソドックスな醤油ラーメン。
え、なに?どういうこと。なんで定期報告のあとにラーメンの画像送られてきた?
『朝昼晩、何やってっか逐一報告してこい』
あ!!!!そうだった!!逐一報告って言われてた!!
いや、待てよ。わたしはまだ朝のスタンプ以外なにも送っていない。
……これって、報告するのわたしだけじゃないんだ??返せたら返す、みたいに言ってたじゃん!?
返せたら返すけど、千空さん側からも報告はしてくれるってこと!?
つまり、今、千空さんはラーメン食べてる?それを報告してきたの??え、すご!!
思わず身を起こしスマホを凝視する。
す、すごくない?偽装彼氏すごくない??……リアタイ更新!?ほんとに彼氏みたい。
「どうしたの?真っ青だったのに、急にスマホ見て元気になってるし」
先ほど心配してくれた同僚が、わたしの様子を見てクスクス笑い出した。
「いえ、あの、かっ、かっ」
「かっ?」
「かっ、かれしが」
「かれしが?え?彼氏??岩瀬さん彼氏居るんだ!?」
この間、彼氏の有無を濁したことを覚えていたらしい同僚は、わたし以上に興奮しながらこちらを見て「それで!?彼氏が!なんだって!?」と促してくる。
「かれしが……」
「彼氏が?」
「お昼ごはん、報告してきました」
・
・
・
ん?なんで無言になった?
あれ?興奮するポイントじゃない?
「……え、なに、相手高校生?」
「え?」
んんん?わたしなんか変なこと言った?
でも千空さんだよ?いや、同僚は相手が石神千空なんて知らんだろうけど。
あー、そうだ。あとで一応、表示の名前も変えておこう……見られたら大騒ぎになる。
なんだろ、彼氏?カレピ?彼ピッピ?……いや無理無理。
石神千空に彼ピッピとか。ナイナイ。
……10093でいいか。センクーサン。
「で、そのDK彼氏になんて送るの?」
DK?ああ、男子高校生……DKっていうんだ。
いやDKじゃないですよ。成人男性の石神千空(26)ですよ。(27)かもしれないけども。
「わたしもお昼の写真送ろうかと」
「これを?」
同僚が、映えも何もない普通の仕出し弁当を指差す。
お弁当箱は再利用するタイプの仕出し弁当だ。蓋も付いていて中身は見えない。
「これを???」
2度言った。
でも別に、無事の確認とかそういう目的のための定時報告でしょ?映えとかいらないでしょ。
中身なんだろ?鮭かな?
「わかった、ちょっとスマホ貸して」
「……?……はい」
メッセージアプリは閉じて、素直にスマホを渡す。
「カメラアプリの立ち上げるからね」
そう言って同僚がわたしのスマホを操作すると、こちらにレンズを向ける。
「弁当映えなさすぎ、却下。そこのお茶持って」
「え?え??」
言われた通りにお茶のペットボトルを持つ。
「ハイ、笑う」
「え??」
「笑って」
「いや、そう言われても……」
スマホの横から顔を出した同僚が、ニカッと笑った。
「じゃあほらあれだ、さっきの彼氏からのメッセ思い出して」
「え?」
「スマホ見てすごいかわいい顔してたから、さっきのメッセ思い出してみて」
さっきのって、ラーメンじゃん?
昼にラーメン食べて、しかもわざわざラーメンの写真も送ってきた千空さん。
いや、どんな顔してラーメンの写真撮ってんの?……まあいつも通りか。
いや案外ラーメン好きで、テンション高かったりして。しらんけど。
パシャ
気が付いたらシャッターが切られていて、同僚が満足げにスマホを返してきた。
「よしっ!ほら見てすごいかわいい」
「え??」
画面には、お茶持ってちょっとニヤけた自分の顔。
「だ、だめ!!なんですかこの顔やばい!!」
「はいはい、いいから送信送信。彼氏絶対喜ぶから」
「いやいやいやいや!!」
結局、数分の攻防の末負けた。
必死に千空さんの名前だけは隠したが、あっけなくあのニヤけた写真が送信される。
しかもまた速攻で既読付いてるし。消す暇もない。なんでこういう時ばっかりやたら既読が早いのこの人。
「……返事は?」
「……ないですね」
「えーー!かわいいとか、写真うれしいとか、無いの??……ねえ、やっぱ相手高校生でしょ??」
そんな返信あるわけがない。
偽装彼氏が、偽装彼女の自撮り見て、なんて返してくるっていうんだよ。
シュポッ
「あ、きた……」
「うっそ、なに?なんて?」
『帰り何時だ』
……夕飯時間の確認??
あそうか、なるべく夜来るって言ってたっけか。
「何時に帰るかって……夕飯の心配かな……」
「まって、なに?夕飯??同棲してんの?」
同棲ではない。
……おなじ社宅だけど。
<<< 1page
2026/08/01
2026/08/01