冬編【1】うちで鍋しませんか?<2>
「ただいま!!おかえり!!やばい!!」
誰も居ない家に声だけが響く。
手探りでスイッチを押し灯りを点け、慌てて靴を脱ぐ。
買ってきたものはキッチンへ。雑に置いたせいかドスッと重い音を立てていた。
「やばい!掃除!!」
幸い、大きく片付けるものはない。
しかし人を招くのに掃除機のひとつくらいは掛けなければと大慌てでスティック掃除機の電源を入れた。
千空さん20時半って言ってた!?いま何時!?やばい時間ない!!!
右へ左へ小走りで掃除機を動かす。
掃除機を片付け、踏み台に乗る。
キッチンの吊戸棚から少し大きめの土鍋を取り出した。
ひとりで鍋をするときは小型のものを使っている。
これはリサイクルショップで新品のまま超格安で売られていて、思わず買った4人前の大きい土鍋。
もちろん鍋料理に使ったことは一度もなく、もっぱら大根を煮る専用になっていた。
……買っておいて良かった。
まさか大根専用土鍋くんに、鍋料理利用のチャンスがやってくるなんて!
土鍋人生なにがあるかわからんもんだよね!!よかったねえ!!
ついでに同じ場所に片付けているカセットコンロも出す。
とりあえず鍋つゆ作って……あー!豆乳でいいか聞くの忘れた……いいや、いい!豆乳でヨシ!!!
豆乳はイヤだ!チリトマト味が食べたい!とか言い出したら突っぱねるしかない。
そんな特殊味の鍋つゆは常備してません!!いや博士氏がチリトマト味が好きかどうかは知らんけど。
白菜と豚バラを交互に重ねる。
旧世界でも定番だったミルフィーユ鍋もどきだ。まんべんなく肉が挟まるので、肉の争いが減る。
内側にキノコや豆腐を配置。途中の追加分も用意しておく。
器と、菜ばし……あと、おたまでいいか。シメまでたどり着ければ、うどんかな。冷凍うどんがあるので出しておく。
鍋といえばビール!?
慌てて冷蔵庫をあける。
ビール……1本しかない。
しまったーーー!!
千空さんビール飲むかな。自分は違うものを飲んでビールは千空さんに提供すべき?
いやでも飲みに誘ったわけじゃないから!鍋しませんか?だから!!
……いやほんとなんで誘ったんだろ。
彼氏や、友人を部屋に招いたことはある。(村人Aを含む……いや含めたくないけど)
でも、この社宅で誰かを招くのははじめてだ。
しかも記念すべき一人目が千空さん。
偉人やぞ?世界の偉人。
ネットニュースで彼の文字を見ない日がないほどの世界的博士が、うちで、鍋すんの??
テーブルにカセットコンロを設置する。
というかほんとに近所なんだ……いまだに何階に住んでるのかすら知らない。これはわたしが聞いてないからなんだけど。
やあ、博士氏!何階に住んでんの?何号室??なんて聞けるかっ!?聞けるわけがねえ!そもそも聞いてどうすんだ。
器を置き、箸置きに箸をセットする。
向かい合わせに置いてみる。
……なんか落ち着かなくて、自分の器と箸をひとつ横へずらした。
コンロにかけた土鍋の中身も煮えた頃だろうか、そう思って立ち上がると玄関扉がゴンゴンと鳴る。
「あ、きた……」
玄関扉をノックしてくるのは、ひとりだけなので、迷わず開ける。
「コンバンワヨウコソ……」
「……テメー、躊躇いナシで開けやがったな」
「え?でもノックするの千空さんしか居ませんよ?」
「それでもスコープで覗くくらいしろ」
「はい……」
とりあえず、家の中へ招く。
「……寒いんで、どうぞ」
「あァ、邪魔すんぞ」
基本だろ、基本。と、まだブツブツ言いながらも千空さんが中へ入ってきた。
しかも勝手に鍵かけて、ドアガードまでセットしている。
防犯意識高いな。
「ほら、すぐ煮える具」
「え、ほんとに買ってきてくれたんですか?」
「ついでだ。まあ、そこのコンビニで売ってるもんだがな」
「水餃子!!」
具材のわりに重い袋を受け取る。
「……下になにか、あっ!ビール入ってる!!」
冷凍の水餃子の下に、ビールの6缶パックが入っている。道理で重いわけだ。
うちのビール残数が1本だっただけにありがたい。
「まあ鍋つったらビールだろ?飲めるか?」
「飲めます!!!」
食い気味に答えると、千空さんがフッと笑い「だろうな」と返した。
受け取った袋を一度カウンターに置き、水餃子とビール2本だけ取り出して、残りは冷蔵庫に入れる。
パタリと冷蔵庫の扉を閉めて振り向くと、千空さん冷蔵庫を見つめていた。
「それ……」
「はい?」
千空さんが真横に来て腕を伸ばす。
冷蔵庫に磁石で貼られたメモをスッと抜き取った。
「んなもん残してんのかよ」
ああ、そういえばナスもらったときに入ってたメモずっと貼ったままだったな。
「あー、この似顔絵、めちゃ千空さんすぎておもしろくて」
「ハッ、捨てろ、んなもん」
くしゃりと音を立てて、千空さんの手の中で紙がつぶれる。
あーあ、可愛かったのに。
ただなんとなく残していただけの紙だったが、あの時のやり取りごと消えたみたいで少し寂しかった。
「豆乳鍋ですけどいいですか?」
「構わねえ。鍋が食えるってだけでもおありがてえわ」
座布団を置き、着席を促す。
カセットコンロに火を点け、土鍋をセットして蓋を外すと、もわっと湯気が部屋中に立ち上った。
「頂いた水餃子も入れちゃいますね」
「入れても半分くらいにしとけよ。全部汁吸うぞ」
個人的には2日目のぷよぷよした水餃子も好きなのだが、ここは提供主に従い少し控えめに入れる。
「とりあえず、乾杯ですかね?」
「おー、そうしとくか」
お互いに缶ビールのタブを起こす。プシュと小気味いい音が鳴った。
恐る恐る缶を差し出すと、千空もクククと笑いながら、缶を軽く合わせてくる。
「鍋に乾杯?」
「ハッ、そうだな」
乾杯の声が重なった。