冬編【3】朝会ったら渡す <2>

──ゴンゴン 最近聞き慣れてきた扉を叩く音に、ハッと顔を上げる。 時計はまだ7時だ。 え、なに??はやっ!?だれ……って扉叩いてくるのは1人しかいないか! 慌ててスコープを覗くと、案の定見慣れた白菜頭が扉の前に立っていた。 「……千空さん、おはよう、ございます?」 「あァ、朝っぱらからワリぃな」 さっきまでぐちゃぐちゃだった胸の奥が、今度はバクバクしている。 ええい、やかましい!!ちょっと考え事してたところにゴンゴンされてびっくりしただけだから!!! 「今日はたぶん帰りが遅ぇ。朝のうちじゃねえと時間合わねえ可能性高かったからな」 「なんです?」 急にブツブツと言い出した千空さんが、ぐいと何かを差し出す。 飾り気のない保存用ポリ袋に、黒っぽいなにかが入っている。 思わず受け取り中身を訝しげに眺める。 「鍋のとき、代用チョコの話したの覚えてっか?」 「オゾンがどうのってやつですか?」 「ああ、放電で作ったオゾンに月桂樹ブチ込んでバニラエッセンス作って、赤エンドウの粉末とナッツで香り付けしたヤツな」 そういえば一緒に鍋を囲んだとき、ストーンワールドでの食事を色々教えてもらった中に、代用チョコの話があったな。 「代用チョコの話にやたら食いついてくっから、食ってみてえのかと思ってな」 そりゃ、料理と縁のなさそうなオゾンとか話に出てきたら気になるもんじゃないの? オゾンってなんだよ。地球の上にあるやつじゃないの?なんでそれがバニラエッセンスなんだよ。 詳しく聞いた気もするが、アルコール入りの頭では記憶しきれなかったらしく代用チョコ、オゾンのワードしか脳内メモリーには残っていない。 「ちょうど昨日作ったから持ってきた」 「あ、ありがとうございます……」 ──朝会ったら渡す。 さっきぐるぐる考えていたことが、再び脳内を巡り出す。 「……千空さん」 「あ?」 「……今日バレンタインなんですけど、知ってます?」 千空さんは、興味なさげに小指を耳に突っ込んでいる。 「そういやそうだな」 「知ってて持ってきてくれました?」 「……んなこと考えてねえわ。偶然だ偶然」 「……偶然」 「作ったから持ってきた。それだけだ」 千空さんの顔を見る。 わからない。ポーカーフェイスなのか、本当に何も考えていないのか。いや千空さんに限って、何も考えていないのは無いだろう。 でも……なぜだろう。 千空さんの言う「偶然」が、全然偶然には聞こえなかった。 「あの、ちょっと待っててください」 千空さんを玄関先に立たせたまま、慌てて家の中へと戻る。 代用チョコをカウンターに置き、代わりに先ほどオランジェットを詰め込んだばかりの小さな箱を手に取り、玄関へと戻る。 「偶然!偶然わたしも昨日作ったチョコがありまして」 ずいと千空さんへ箱を差し出す。 「よければ、どうぞ」 さっきまで置いてあった小箱はひんやりと冷たいのに、それを持つ手はどうしようもないくらい熱かった。 「ククク、偶然ねえ」 千空さんは何のためらいもなく差し出された箱を受け取る。 「奇遇すぎんだろ」 「……だって偶然なんですよね?」 「そうだな」 千空さんはわたしの作ったチョコを持ったまま「じゃあな、このままラボ行くわ」と言って去っていった。 扉を閉め、家の中へ戻る。 ふと顔を上げると、カウンターの上に置いたままの保存用ポリ袋が目に入った。飾り気なんてひとつもない、千空さんが持ってきた代用チョコ。 今日は2月14日、バレンタインデー。 昨日作った。 朝7時。 わざわざ部屋まで持ってきた。 「……」 会えるかも分からない偶然に賭けて、朝会ったら渡すつもりだったのに。 会ったらどころか、向こうから持って来るって何? 偶然って、なんだっけ。
2026/07/10

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