春編【4】彼女居ますか? <2>
駆け込み寺のネットカフェの前で足を止める。
やはりここしか……そう思い一歩踏み出そうとしたが足が動かない。
今までどんなことでも一人で対処してきた。一人で閉じこもって、波が過ぎるのを待つ暮らしだったのに。
今日は一人になりたくない。
結局、足は動かなかった。わたしはネットカフェに背を向けた。
一人になりたくないって思ったところで、なあ。
とぼとぼと駅前を歩く。
親いない。恋人いない。同僚は居ても、友人は近くには居ない。そもそも石化から復活してるのかもわからない。
頭の片隅にずっと、浮かんでいた顔があるが、選択肢に入れるのも烏滸がましい気がして頭を振る。
「……」
でも、今お願いできるのはその人しか居ない。
スマホを持つ手はずっと震えていた。
指先に力が入らないままアドレス帳を開き、登録したばかりの頃、何度も何度も確認した一番上の名前を見つめる。
押すだけ。
それだけなのに、指が動かない。
何度も、何度もためらって、やっとの思いで名前を押す。
『……んな時間に、どうした』
「もしもし」も「はい」もない、突然始まる会話。聞こえてきた声に一気に気が緩み、目から雫が落ちる。
「……んくうさん、千空さん……」
『……今どこだ』
「えきまえ」
『……どっちだ。東口か?』
「はい」
『動けるなら、この間のファミレスで待ってろ』
「……っはい」
電話を切る。
わたしは大きく息を吐くと、頬を伝う涙を乱暴に拭った。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせるように呟いて、ファミレスへ向かって駆け出した。
*
ファミレスのドアを開ける。
ドアの開閉に合わせて軽快なベルが鳴り、店員がいらっしゃいませと声を掛けてきた。
好きな席に座っていいと案内され、以前千空さんとコハクさんとで座った席が空いていたのでそこに座った。
あの時は、村人Aのことを相談したんだよな。
あれからまだ1年も経っていない。それでまたこの店のこの席で、千空さんに迷惑を掛けようとしている。
あまりにも多すぎる偶然を記録しておけと千空さんに言われてから、大雑把にではあるが、記録していた。
スマホに記録したメモをひらく。
電車
また会う
また
駅
帰り
また
朝も
たしかに、多い。そして終電になった今日もだ。
いつからだろう……いつから……
あ、社用携帯を課長に預けた次の日、から?あの日は会釈程度だったけど、それから数日してやたら話しかけてきたっけ……。
『何日か前から電話してたんだけど』
「……」
ファミレスの入り口ドアが開き、ベルが鳴る。
思わず顔を上げると、千空さんがこちらに向かってくるところだった。
「……怪我は?」
怪我?
「ないです?」
「ならいい。んな時間に泣きべそかいて電話してくっから、動けねえのかと思ったわ」
動けなかったことは間違いない。
さっきまで駅前を彷徨っていた自分を思い出して、小さく俯く。
迷いなく椅子を引き、千空さんが正面に座った。
「……すみません」
わたしの謝罪に反応せず、千空さんが手元のタッチパネルを手元に寄せる。
「なんも注文してねえのか」
「え、あ、はい……まだ」
「メシは」
「……まだです」
そう言うと千空さんが慣れた手つきでタッチパネルを操作し、注文していく。
「とりあえず食え。事情はそれから聞く」
「はい」
結局、食事を乗せたネコの配膳ロボットが来るまで、千空さんとわたしはお互いに黙り込んでいた。
*
オマタセシマシタニャ〜
まだまだ旧世界に追いつくための復興が続く昨今だというのに、真っ先に復活したのがこの配膳ロボットってどういうことなの。
そんなに?そんなにか?そんなにみんなロボが好きなのか。
あ、いやいや、まてまて、ロボ好きそうな人目の前に居たわ。
めっちゃ見てる。しかも配膳ロボットの足元。そこ見る人居ないから、博士氏、ちがうちがう。みんな見るのは液晶パネルの猫顔!そこのセンサーみたいなところは見なくていいところ!!!
めちゃくちゃ目を輝かせて見てるけど、別にこのネコロボは配膳担当であって、四次元ポケットは持っていないと思うよ博士氏?
配膳ロボットの指定棚から料理を取り出す。
わたしは注文していない。千空さんがすべて手配してくれたので、なんだろうと思ったら、ジャンバラヤだった。スパイシーな鶏肉と、スパイスの効いたごはん。
しかも2つ。
え、2つ?千空さんも食べるの?
……食べるんだ。普通に自分の前に配膳してる。
「……深夜にジャンバラヤ」
「ご不満か?」
「いえ、背徳だなあと思っただけです」
「こんくらいでちょうどいいだろ」
なにがどう、ちょうどいいのかわからん。でも、千空さんの顔を見れば何故か満足そうだった。
まあたしかに、手っ取り早くエネルギーチャージできそうではある。効率厨だもんなあ、千空さん。
そういえば昼を食べてから何も食べてないんだった。唆る香りに一気にお腹が空いてきた。
「……いただきます」
小さく切った鶏肉と、それに絡んだごはんをひとくち食べる。おいしい。
わたしが箸をつけ始めたのを見てから、千空さんも同様に食べ始める。
お互いしばらく黙々と、遅すぎる夕飯を食べた。
*
「ごちそうさまでした……」
美味しかった。やばいジャンバラヤブーム来る?どこまでスパイス揃えれば家で作れるジャンバラヤになる?
ガパオライスにハマった時は、本場のガパオはホーリーバジルと知ってしまったがためにホーリーバジルを探しまくったこともあった。ジャンバラヤはそういうレア材料が無いレシピだといいな……あとで検索してみよう。
千空さんが水を飲み、静かにグラスを置いた。
「……で、何があった」
わたしも同じようにグラスに注がれた水をひとくち飲む。
テーブルに置く際、コトリ音が立つ。
「……コンビニに、居て」
先ほどの出来事を話す。
「言われてから記録も取ってたんですけど、さすがに今日のは、だいぶおかしいなって……」
メモした画面を千空さんに見せる。
思い出すだけで、ぞわりとしたものが込み上げてきた。
思わず俯く。
何かをされたわけではない。腕を掴まれたわけでも、家に侵入されたわけでも、髪を掴まれたわけでもない。
目に入ったテーブルの傷を、なんとなく指で引っ掻いてみる。
ただ、居るのだ。電車に、帰路に。そしてコンビニに。
テーブルの傷は少し爪を立てただけで、簡単に塗装が削れていった。
『花梨ちゃん』
極めつけはあの呼び方だろう。呼んでいいと許可した覚えはない。仕事では名字で呼ぶと言われても、そもそも仕事以外で会う気もない。しかも仕事だとしても、Mコの担当者は別に居る。
テーブルの傷が、指先でカリカリと小さな音を立てる。
『花梨ちゃん』
耳の奥で、さっきの声が何度も蘇り、思わず指先に力が入った。
「花梨」
不意に手首を掴まれる。
黙り込んで傷を広げ続けるわたしの手を、千空さんが止めた。
掴まれた手首を見て、顔を上げる。
千空さんの眉間にはシワが寄っていた。
その顔をみてたら、急に突拍子もないことが頭に浮かぶ。
「……あの、ひとつ、聞いてもいいですか」
聞くだけ。聞くだけならいいかもしれない。
「なんだ」
「……千空さんって、彼女居ますか?」
「は?」
大きく目を見開いたかと思うと、パッと掴んでいた手を離す。
「テメー急に何言ってんだ」
「あ、彼女じゃない可能性もあるのか……えっと、彼氏?いや、パートナーとか?」
「なんで、んなご配慮質問になってんだ」
「だって、千空さんだと、お相手は男性の場合もあるかなって……」
こんなご時世だ。なにも異性だけがパートナーではないだろう。
「野郎だろうが女だろうが、現在進行形じゃんなもん居ねえわ」
現在進行形?
まあ過去にはなにかあったってことか。そりゃそうだ、お互いいい大人なわけだし?
いやでもちょっと引っかかる人がいるな。
「……コハクさんとか?」
あんなに美人で、なおかつ親しげだったのだ。もしかして、彼女じゃなくて奥さんだったりとか?
え、そうなると社宅に居た?居たのかな。全然気付かなかったな。
マズったなあ。わたし、千空さんホイホイ家に招いちゃってたよ……。まず真っ先に聞くべき話だった。
「メスライオンと恋仲とか勘弁すぎんだろ。アイツは単に石神村に着いた時からの仲間なだけだ」
「えっ、奥さんとかじゃ?」
「どんだけ飛躍してんだテメーの頭は」
違ったらしい。
え、ということはパートナーなし?
「……ほ、んとに?」
「居ねえ」
心臓がばくばくとうるさい。
千空さんの顔をじっと見る。
赤い瞳が訝しげに細められた。
「んなアホらしいこと聞きやがって。何が言いてえ」
言うしかない。このタイミングでしか言えないかもしれない。
しかも言ったからと言って成功するとも限らない。
でも、でも。
ええい!!なるようになれーーー!!
「あのっ、わたしのっ!偽装彼氏になってください!!」
ファミレス中が一気に静まり返った気がした。
「はあっ?」
あ、おもろ。
千空さんのこんな顔、初めて見た。
<<< 1page
2026/07/29
2026/07/29